大きな目標を掲げた自分を裏切りたくない

「僕はなんでも大それたことを言ってしまうんです。言うのはタダですからね(笑)。でも、そういうことを平気で言える自分に、ときどき助けられます。もちろん、その夢を叶えるためには10年20年かかることも分かっています。掲げた目標が大きいと、その後どれだけ挫折しようとも、言った当時の自分を裏切りたくないという思いが生まれて、途中で放り投げることができなくなるんです」

 心が折れそうになることも、ひとり部屋でポロポロと涙がこぼれ落ちることもあった。

「悔しくて泣いているのですから、そのぶん逃げなかった証拠ですよね。大きな目標を掲げると、その瞬間、心にポッと炎が灯るような気がします。その炎を消さないように懸命に進んでいけば、絶対に叶うとは言えませんが、叶えるための努力はできると思う」

 朝ドラのオーディションも、受け続けて4度目の挑戦でようやくチャンスを手にしたのだ。

 松下さんは、発言も書く歌詞も、ものごとを肯定して受け止めようとする姿が見てとれる。

「僕自身は自由度の高い、柔軟性をもった人間でいたいなと思っています。思考を固めず、答えを一つに絞らず、いろんな側面から楽しめるようにしていたい。だからこそ、逆に悩むこともあるんですが(笑)。それが自然と歌詞の世界や、芝居へのアプローチにも表れているのかもしれませんね」

 昨年は、本人名義でシンガーソングライターとして念願の再デビューを果たした。年末にはミニアルバム「あなた」をリリース。4都市でホールツアーも行った。俳優業に邁進していた間もコツコツと曲は作り続けていたのだ。

「歌詞は僕にとって、日記のようなものです。いい出会いがあったり、悲しいことや嬉しいことがあったりしたときに、この感情を覚えておきたいなあと歌詞にします。音楽のいいところはそれを残していけるということ。後から読み返して、恥ずかしくなってしまう歌詞もありますけど、それも含めて僕だなあと思うんです」

 うまく歌えるようになりたい、かっこよく歌えたらモテるだろう、なんてところから始めた音楽活動も、歌を作ることで自分の感情を吐露する場なのだと気づいた。元は個人的な感情だったものも、歌うことで、聞き手の傷みや孤独に共鳴し、そっと力を与える。

「共感が生まれたとき、音楽は聴いてくださる誰かのものになる。すごく素敵ですよね。まだ出会っていない人たちにも届いたらいいなあと思います」

 そう考えるようになったのは30代になってからなのだという。

「20代は自分のことで精一杯で、自分のためだけに生きていた気がします。でも、そうすると人の目ばかりが気になり、ついかっこつけてしまう。それはそれで辛くなってきて(笑)、飾るのはやめました。自分があるのは誰のおかげなのかなど、丁寧に考えられるようになって変わってきましたね」

 助けてくれる人がたくさんいて、その人たちとの関わりのなかで自身も満たされる。そんな周りを大切に思う姿勢が、共演者や演出家、バンドメンバーといった仕事仲間の信頼を集め、いまの成功に繋がっているのだろう。

「この10年あまりの間に、たくさんの人と出会いました。雲の上にいるような人たちの見ている景色は、僕より遠くの世界が見えています。世界は広いということを知っているのだろうなと憧れます。一つの作品が終わるたびに、1段でもいいから階段をのぼり、少しでも遠くの景色を見られたらと思います。世界がどこまで続いているのかを見てみたい。自分がどこまでいけるのか試してみたい」

 舞台、映像、音楽などのジャンルにこだわらず高みを目指し、すばらしい作品世界を通して、観客と夢を共有したいと考えている。

 最後に松下さんにいま思い描いているビジョンを聞いてみた。

「まだ、武道館という夢は叶っていないので、時間がかかってもいつか実現させたいですね。一緒に音楽をやっているギタリストのカンノケンタロウは、10代のころからの仲間なんです。彼と一緒に武道館に行けたら、こんなにエモいことはないですよね?(笑)」

松下洸平(まつした・こうへい)

1987年3月6日生まれ、東京都出身。2008年にシンガーソングライターとしてデビューし、翌年、俳優活動を開始。主な出演作にNHK連続テレビ小説「スカーレット」、「最愛」など。3月14日に最新曲「KISS」が配信リリース。フジテレビ4月期木曜劇場「やんごとなき一族」に出演。

2022.04.18(月)
Text=Tomoko Kurose
Photographs=Erina Fujiwara
Styling=Tatsuhiko Marumoto(UNFORM)
Hair & Make-up=KUBOKI(Three PEACE)

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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