自分が思ってもいなかったいろんな声が聞こえてきた
――『Shari』の撮影を手がけたのは写真家の石川直樹さん。この映画の製作のきっかけも石川さんだったそうですね。
はい、石川さんが数年前に地元の方たちと一緒に始めた「写真ゼロ番地知床」というプロジェクトがあり、2020年のゲスト作家として私が招かれたのが映画の始まりでした。
――こういう作品を撮ってほしい、という要望などはあったんでしょうか。
なかったです。なんでも好きにしていいよって。そこまで任せてもらえたのは、斜里の人々と石川さんがこれまで築いてきた関係があったからだと思います。石川さんが呼んできた人なら何をしようと大丈夫、そういう信頼関係がしっかりできていたんです。
――この映画は、斜里という町を映したドキュメンタリーのようでもあり、「赤いやつ」が活躍する不思議なファンタジーのようでもあります。吉開さんとしては、最初からフィクションとしてつくるつもりだったんですか。
そうですね。ただフィクションといってもすごく抽象的なものでした。リズムとイメージの連なりみたいな15分くらいの作品にしようと、まずは紙芝居をつくりました。
――紙芝居というのは?
いつも映画をつくる前に、自分で絵と物語を描いて、脚本の代わりとしてスタッフに見せるんです。今回もまずは「赤いやつ」を主人公にした紙芝居をつくり、それにナレーションをつけた動画を「写真ゼロ番地知床」のメンバーと石川さんにお送りしました。ただできあがった映画を見ると、紙芝居の内容とはだいぶ変わったり増えたりしていますね。15分程度の予定が1時間に膨らんでいるし。
――撮っているうちに内容が変わってきたということでしょうか。
実際、紙芝居どおりに撮ってはいたんです。ただ撮っているうちに段々わかってくるんですよね。あ、このシーンはつながらないな、とか。ここはちょっと違うかも、とか。
もうひとつ大きかったのは、撮影と一緒に町の人たちにインタビューをしたこと。羊飼いのパン屋さんや斜里に来て狩猟を始めたご夫婦、木彫りの像集めが趣味の元酪農家の方とか、町のいろんな方々にスタッフと一緒に会いにいったんです。カメラがあるとみなさん緊張しちゃうので、マイクだけ真ん中に置いて、みんなでおしゃべりしようって感じでたくさん話をしました。
そうすると、思いもしなかったいろんな声が聞こえてきたんです。何気なく「雪は好きですか」と聞いたら「好きでも嫌いでもないけどね」なんて返事がかえってきたり。そこからどんどん新しいシーンが生まれていきました。
――実際に暮らしてる人たちの声が映画にどんどん入ってきたんですね。
紙芝居はあくまで私が漠然と抱いていた斜里のイメージから生まれた物語だったのが、町の人たちの声によってどんどん現実味を帯びてきた感じですね。斜里から東京に帰ってきて一番初めにしたのが、インタビューの音声を聞き返すことでした。聞き返すと本当にいろんなことを話していて、その声をピックアップするところから映画の編集を始めていきました。
2021.10.20(水)
文=月永理絵
写真=榎本麻美