台本とにらめっこして苦しんでいる監督を見て、「信じられる」と思った

 まとっている空気はまさに静寂そのもの。撮影中は立ち位置の指示に静かに応え、じっとカメラを見つめていた。ところがひとたび質問を向けると、まるでこんこんと湧き出る泉のように次々と言葉が溢れてくる。

 俳優として活躍するだけでなく、アパレルブランドのディレクターを務め、伝統文化や芸術にも造詣が深く、さらに山登りなど趣味も多彩。「47歳のおっさんになってもまだ“大人”になれていない感覚がある」と語る、好奇心の塊のような人だ。

 最新作は、窪美澄の短編小説を映画化した『かそけきサンカヨウ』。高校生の娘を持つ父親役は、すごく不器用なのにとびきり魅力的だ。常に新しい表現を追求し続ける、井浦さんの多面的な魅力に迫った。

――映画『かそけきサンカヨウ』に出演したいと思われた決め手を教えてください。

 今泉力哉監督の作品であるということが、僕にとって一番の魅力でした。最近では「恋愛映画の旗手」という異名もついているけれど、男女の物語をあれだけ多く描いていれば、そう言われるだろうなと思いました。

 この作品はもちろん恋愛要素もあるけれど、普遍的な家族の話でもある。特筆するほど変わった家族構成ではなく、隣の家で起きていても不思議ではないことだと思うんです。家族や青春や初恋といった普遍的なものを、今泉監督がどのように映画として立体的に作っていかれるのか、僕自身がすごく見てみたいと思ったんです。

――今泉監督の印象はいかがでしたか?

 どういう声でしゃべるのか、どういう温度や距離感で俳優たちに演出したり、現場に立っていたりする監督なのかということはお会いするまで存じ上げなかったんです。だからクランクインの日は、まず監督の立ち居振る舞いにものすごく興味がありましたし、楽しみでもありました。

 印象的だったのは、いつも台本とずーっとにらめっこをして苦しんでいる姿。シーンとシーンの間にスタッフさんたちが撮影場所を移動しながら次の準備をしている間も、監督は1人で一生懸命台本に書き込んだりしていて、ギリギリまで考えているんです。

 そうやって闘って苦しんでいる姿というのは、言い方を変えると映画作りを楽しんでいるようにも見えたんです。それを見たら素敵だなと思いましたし、この人のことを信じられるとも感じました。僕の撮影は短く数日間でしたが、今泉監督を全身で感じることができた気がします。

――台本と闘い、1人で苦しむ監督の演出はどんなものだったのでしょう?

 細かなお芝居に対しての演出をするというよりも、まず俳優が持ってきたものや感じたものをしっかり受け止めてくれる方でしたね。

 監督が僕に伝えてくれたのは、父親の直と高校生の娘の陽が恋人のように見えたくないということ。もちろん自分も娘と恋人のように見えるアプローチをしようとは思いませんでしたが、直は父親でありながら足りない部分もたくさんある不完全な人間。一つ屋根の下で生きているお父さんと娘ではあるけれど、男と女でもあるんですよね。

 そんなふたりが心の距離を縮めていく過程はものすごく大切にしたいと、撮影前に監督とお話しさせていただきました。

2021.10.15(金)
文=松山 梢
写真=榎本麻美