もしかしたら大人って、いつまでも変わり続けられる人のことかもしれない

――本作は早く大人にならざるを得なかったヒロインの物語ですが、井浦さんご自身は過去にどんなタイミングで「大人になったな」と感じられましたか?

 僕が大人になったのはだいぶ遅かったと思いますね。今も素敵だなと思う同性の年上の方や、お父さんとして子育てに尽力されている方を見ると、「ああ、自分はまだまだ足りていないな」と感じる部分は大いにあります。

 ただ、過去を振り返ってみると「大人になったな」と思えた瞬間って、何かをできた時ではなく、初めての環境に飛び込んだ時に感じることが多かったです。それこそ僕は昔からカルチャーオタクだったんですが、海外の上質な作品を上映しているBunkamura ル・シネマやシネスイッチ銀座などに行って映画を見たあとは、ちょっと新鮮な気持ちで電車に乗って帰っていた気がします。

 それまで足を運んだことがなかった新しい世界と出会って、新しい扉が開いた瞬間っていうのは、確実に大人になるきっかけになりますよね。そこから5年、10年が経って、心も体もいつの間にかそのカルチャーに馴染んでいると気づいた時に、二段階目の「大人になったな」と感じる瞬間が訪れるのかもしれません。

――とはいえ、年齢を重ねて経験を積むと「新しいこと」に出会える機会が減る気もします。

 大人になっても出会っていないことって、実は世の中にいっぱいあると思うんです。僕の場合、若い頃は自分の世界を確立したいという衝動が強くて、掘っていく作業はすごくするのに、その穴がすごく狭かったんですよね。

 それでいろんなことを知った気持ちになったり、いろんなものと出会った気になっていたりしたけれど、やっぱりその世界は全然広くなくて。今はその狭かった枠を外す作業を楽しみ始めています。

 そうすると人との出会い方も変わってくるし、好きなカルチャーもどんどん変化していく。大人になっても伸びしろはあるんだなって思います。きっと、その伸びしろを広げるのも、自分で限界を決めてなくすのも自分次第。

 僕が素敵な大人だなと思う人は、いつも純粋な心を持って何かを探求している。もしかしたら大人って、変わり続けられる人のことを言うのかもしれません。

井浦新(いうら・あらた)

1974年9月15日生まれ、東京都生まれ。1999年に『ワンダフルライフ』で映画初主演。以降、映画を中心にドラマ、ナレーションなど幅広く活動。アパレルブランド「ELNEST CREATIVE ACTIVITY」のディレクターを務めるほか、日本の伝統文化を繋げ拡げていく活動を行なっている。

映画『かそけきサンカヨウ』

幼い頃に母(石田ひかり)が家を出て以来、父(井浦新)と2人で暮らし、夕飯の支度などの家事をこなしていた高校生の陽(志田彩良)。ある日、父から突然再婚を告げられ、再婚相手である美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたと4人で暮らすことになる。新しい生活への戸惑いを同級生の陸(鈴鹿央士)に打ち明けた陽の心の中では、次第に実の母への思いが大きくなっていた。

出演:志田彩良、井浦新、鈴鹿央士、中井友望、鎌田らい樹、遠藤雄斗、石川恋、鈴木咲、海沼未羽、菊池亜希子、西田尚美、石田ひかりほか
監督:今泉力哉
主題歌:崎山蒼志「幽けき」(Sony Music Labels)
原作:窪美澄『水やりはいつも深夜だけど』(角川文庫刊)所収「かそけきサンカヨウ」
脚本:澤井香織 今泉力哉
音楽:ゲイリー芦屋
配給:イオンエンターテイメント

2021年10月15日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
https://kasokeki-movie.com/

2021.10.15(金)
文=松山 梢
写真=榎本麻美