自分を大切にできた時に、初めて誰かのために何かができる

サヘル 日本は自殺する方が多いです。コロナ禍以降、特に女性の方が亡くなっているということを耳にします。それはやはり、人とちゃんと話せていないからじゃないかとも思います。

 コロナ禍で誰とも会えない、会話もできない、ストレスのはけ口もない。そんな孤独の中で爆発寸前の女性ってたくさんいます。だからこそ、やっぱり対話をすることが非常に必要だと私は思います。

小森 自分としてはさまざまな問題意識を持っているけれども、誰にどう伝えればいいのか、どうアクションを起こせばいいのかと悩んでいる人もいるかもしれません。

 そういう人は、「自分はこう思っているんだけど」っていうところをまず周りの人に共有し、無関心から関心のきっかけをつくる、仲間を作っていくということが、最初の一歩になるんじゃないかと思いますね。

サヘル 最初は身近なところからですね。いきなり社会に向けて声を上げるのは、ハードルが高いでしょうし。

小森 そうすれば、周りにどれくらいその意見に共感する人がいるのかを知ることができると思いますし、他の人の意見を聞いて「あ、そういう考えもあるな」というふうに、自分の考えをより反芻して熟度を上げることもできると思います。

 それともう一方で、特に強い問題意識はないけれど、何かしら社会の役に立ちたいという気持ちがあるという人もいますよね。そういう人は、いろんな人の話を聞いて、良い聞き手になることも大切だと思います。

 友人からまた友人というように範囲を広げて、いろんな人と接し、いろんな人の話を聞く。そうすると次第に人々が抱えている社会のさまざまな問題についての理解も深まるし、それに対して自分はどういうアクションをとれるのかが、なんとなく分かってくるのかなって。

サヘル 私がすごく感じるのは、人にはそれぞれタイミングがあるということ。動き出せるタイミングって本当に人それぞれバラバラで、合わない靴を履かせて無理にその人を歩かせてしまっても、靴ずれしてしまったり、途中で歩くこと自体がもう嫌になって倒れてしまったりする。その人が自分で動き出せるタイミングを見つけたとき動き出せば、それでいいと思っています。

 何かしたいのに何もできない自分というジレンマを抱いた時点で、もう気づきがあるわけじゃないですか。ジレンマですら「自分はちゃんと意識を持っている」と誇りに思ってほしいですし、葛藤している自分、問題に関わろうとしている自分をちゃんと褒めてあげてほしい。

 自分を褒められる社会になれば、人は自分を好きになれるし、自分を初めて好きになって自分を大切にできたときに、次は誰かのために何かができるんです。

小森 本当に人生のペースは人それぞれで、どのタイミングで何をやるかに正解はないですよね。でも、その一歩を踏み出せば、確実に何かが変わると思うんですよね。行動して「あちゃー、やっぱマズった!」って思うかもしれないけど、それによって得られる学びもあるから、決してマイナスではないんですよね。やらなくて残る後悔のほうが、私はすごく辛い。

サヘル 全く一緒です! 私、失敗ほど成功したものってないと思っているんですよ。失敗するからこそ違った角度が見えるし、だったらこうやってみようかって新たなアイデアも浮かぶ。誰かが作った辞書では失敗という単語の意味がネガティブな内容になっているかもしれないけれど、一人一人が自分の中で新しい辞書を作って、失敗という言葉の意味を「成功」って書き換えればいいですよね。

小森 そうですね、そういう気持ちを持てたら、いろんな人に対する思いやりにつながり、さらには多様性にもつながるのかなと思います。

サヘル 今はこういうコロナ禍にありますが、すべての方々が、こういう時代をいい経験だと考えて生きてみてほしいと思います。コロナ=不幸と決めつけてしまうより、私はコロナ禍の中で学んだことや気づかされたことをポジティブにとらえたいですね。

 結局物事には、何かしらその先に進める道が必ずあるんだと思えるんです。自分の持っている苦しみや痛みを、いつか誰かに話せるタイミングが来る。それを話せたときに、あ、あなたもそうだったのって、苦しかった傷も誰かと共有できるものになれる。痛みは共有するために存在しているのであって、決して無駄ではないってことを、多くの人に伝えたいです。

小森 そうですね。コロナ禍で失ったものも多いと思いますし、生活の上で厳しいことも多々ありますが、ピンチの裏には何らかのプラスがあると信じたいです。

 自分にとって大切なものは何かということを見つけられれば、いかようにでもマイナスはプラスに、ネガティブはポジティブに変えられる可能性はあるし、変える力は自分の手にある。それを誰もが信じられる社会であってほしいと思います。

サヘル・ローズ

イラン生まれ。8歳で来日。日本語を小学校の校長先生から学ぶ。舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、主演映画『冷たい床』では、ミラノ国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞するなど、映画や舞台、俳優としても活動の幅を広げている。第9回若者力大賞を受賞し、2020年にアメリカにて人権活動家賞も受賞。芸能活動以外にも、国際人権団体NGOの「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めている。最近ではさまざまな国へ行き、子供たちへの支援や、青空教室などを行っている。

小森 明子

東京都生まれ。幼少期を中東(サウジアラビア、エジプト、シリア)で約9年間過ごす。米国ブリンマー大学卒業後、2001年にJICA入構。2008年より4 年にわたってパレスチナ事務所勤務。帰国後、東京本部に配属。2020年より中東・欧州部(中東第一課)でエジプト・モロッコ・チュニジア・アルジェリア・リビア5カ国の担当課長。さまざまな教育制度(日本、米国、英国)の下で自身が学んできた経験から、教育分野、異文化コミュニケーションに関心が高い。

独立行政法人国際協力機構(JICA)

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