未来に向けて、地球的規模で解決していかなければならない多様な社会課題。その観点において重要なファクターとなる“ソーシャルビジネス”と“ジェンダー”という2つの視点をテーマに、グローバルなビジネスシーンで活躍する魅力的な人々にフォーカスした全6回の対談記事をお届けしていきます。

「ジェンダー平等な未来の社会」について、今回お話しいただくフォラケ・オウォドゥンニさん(左)と、尾形優子さん(右)。
「ジェンダー平等な未来の社会」について、今回お話しいただくフォラケ・オウォドゥンニさん(左)と、尾形優子さん(右)。

 今回のテーマは「女性が会社を興すということ」。身近な気づきをもとに企業をスタートアップした2人の女性にご登場いただき、彼女たちの置かれている現状や将来への夢、また起業や社会進出を目指す日本の女性たちに向けたエールなど、想いを語っていただきます。


アフリカに、迅速・安全で、手頃な価格の救急医療を

フォラケ・オウォドゥンニさん(Emergency Response Africa Ltd CO-Founder & CEO/ナイジェリア)

ナイジェリアでEmergency Response Africa(ERA)を起業した、フォラケ・オウォドゥンニさん(左)。
ナイジェリアでEmergency Response Africa(ERA)を起業した、フォラケ・オウォドゥンニさん(左)。

 急な病気や怪我の場合、日本では誰もが迷わず「119」をコールすることだろう。そこには、電話をかけさえすれば、適切な処置を受けることができるという、救急医療体制への絶対的な信頼がある。

 しかし、フォラケ・オウォドゥンニさんの母国ナイジェリアでは、その概念は通用しない。ナイジェリアでは、約19万人に1台の救急車しかなく、専門の訓練を受けた救急隊員はほとんどおらず、緊急の際に連絡できる通信インフラも脆弱だ。そしてそのために、毎年20万人以上が交通事故や出産時の合併症、心血管疾患などで命を落としているのだという。

 この状況を変えたいと、フォラケさんは起業を決意。数年の準備期間を経て立ち上げたのが、Emergency Response Africa(ERA)だ。

自身の経験から救急医療の大切さを実感した。ナイジェリア国内では、未だこうしたインフラの整備が整っていないのが現状だ。
自身の経験から救急医療の大切さを実感した。ナイジェリア国内では、未だこうしたインフラの整備が整っていないのが現状だ。

――ERAは、「ResQ」と呼ばれるシステムを通じ、有事の際に迅速で安全な救急医療を提供するビジネスだとお聞きしました。

フォラケさん そのとおりです。サブスクリプションに参加している会員に緊急事態が生じた時、電話やSMSでERAに連絡をとれば、即座に専門的なトレーニングを積んだ医療スタッフが駆けつけ、10分以内に現場での医療ケアを行いますし、高度な治療が必要であれば適切な病院に搬送します。

――なぜそのようなビジネスをスタートアップしようと考えたのですか?

フォラケさん 4年前、私はカナダで暮らしていましたが、ある日の深夜、1歳半の息子が突然目を覚まして叫び始めたのです。わけが分からず、すぐに911(カナダ国内での救急通報ダイヤル)に電話をかけたところ、数分後には救急隊員が駆けつけて息子を診断してくれ、薬を投与してくれました。

 これがもしナイジェリアであったら、まるで状況は変わっていたと思います。電話する救急ダイヤルもないし、病院への搬送手段もないし、運よく病院まで行けたとしても、医師がいるか、必要な医療機材が揃っているかも分かりません。そしてそれはナイジェリアだけでなく、アフリカの多くの国が抱えている問題なのです。

 調べてみると、そこには大きな3つの問題がありました。1つ目は、救急車の台数が非常に少ないこと。2つ目は、救急車があっても機器や装備が整っていないこと。そしてもう1つは、救急医療のしっかりとした訓練を受けたスタッフがほとんどいないことでした。

――そこで起業を決意されたのですね。

フォラケさん もちろん、実現するまでには長いプロセスがありました。救急医療ビジネスというアイデアが浮かんだのは2017年で、そこからリサーチに1年以上を費やしました。私はオレゴン大学やロンドン大学で生物学や公衆衛生学を修めましたが、この間にさらにウォータールー大学で起業について学びました。

 企業としては2018年に設立しましたが、通信システムの開発にも時間がかかりましたし、スタッフのトレーニングも難しかったですね。救命救急が目的である以上、決して間違いがあってはいけません。慎重に準備を重ね、ようやく2020年12月に正式な運用を開始できました。

国際社会からのバックアップが大きな力に

救急医療というビジネスに賛同し、起業したフォラケ・オウォドゥンニさんとERAの仲間たち。
救急医療というビジネスに賛同し、起業したフォラケ・オウォドゥンニさんとERAの仲間たち。

――資金を確保するのにも苦労されたのではないですか?

フォラケさん 幸いなことに、JICAが開発途上国におけるビジネス・イノベーション創出に向けた起業家支援活動として行っている「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」で実証調査を受託し、資金を得ることができたのです。さらにJICAからは、AIなどさまざまな技術を持つ日本の企業とコラボレーションする貴重な機会を与えてもらいました。

 こういった公的機関からの協力の大きなメリットは、「ヴィジビリティ(可視性)」が高まることですね。スタートアップ企業はどうしても認知度が低いため、JICAのような機関の協力を得ることで、潜在的なパートナーやユーザーに私たちのことを認知してもらうことができます。

 また、それによって、日本のような医療先進国のテクノロジーやシステムをアフリカのイノベーションに活用する機会を得ることもできます。

――さまざまな面でチャレンジを重ね、ようやく運用開始に至ったわけですが、今後の課題はどのようなところにありますか?

フォラケさん まだ起業したばかりで社会的な認知を得るまでの段階には至っていませんが、6月までに400ケース程度は対応できるようになるのではないかと想定しています。通信システムはかなり改善されてきましたので、今後の課題は搬送と医療をいかに提供できるかになっていくでしょう。

 私たちERAのミッションは、アフリカ全土に、迅速で、安全で、手頃な価格の救急医療を提供すること。そのために一歩、踏み出したばかりです。


起業家支援プロジェクト「Project NINJA」を立ち上げ

日本経済新聞社との共催にて2021年2月26日に開かれたオンラインピッチイベント「アフリカ新興テックピッチ決勝戦」。フォラケさんのピッチも視聴者から高い支持率を集めた。 (c)Nikkei Inc.
日本経済新聞社との共催にて2021年2月26日に開かれたオンラインピッチイベント「アフリカ新興テックピッチ決勝戦」。フォラケさんのピッチも視聴者から高い支持率を集めた。 (c)Nikkei Inc.

 途上国の国づくりを支えるため、ビジネスとして社会課題の解決を図り、質の高い雇用創出のきっかけとなる起業家の育成に向け、JICAは昨年、「プロジェクトNINJA(NINJA = Next Innovation with Japan)」を立ち上げました。

 その一環で、コロナ時代の革新的なビジネスモデル・テクノロジーを生み出すスタートアップ支援のため、アフリカ地域19か国において、ビジネスプランコンテスト「NINJA Business Plan Competition in response to COVID 19」を実施。そしてこの度、応募総数2,713社の中から10社を選定し、日本経済新聞社との共催にて2021年2月26日にオンラインピッチイベント「アフリカ新興テックピッチ決勝戦」を開催しました。

 このイベントでは、ERAをはじめ、アフリカ各国から選抜された優秀なスタートアップ10社の経営幹部らが登壇。公共サービスが今なお不十分なアフリカで、13億人の巨大マーケットのニーズに応え、社会的課題の解決を目指す各企業の新しいビジネスプランを、オンラインピッチの形式で発表し、熱意あるピッチを繰り広げました。

 ピッチ終了後、視聴者参加によるオンライン投票により最優秀企業を選抜すると共に、日本企業からの投資や事業連携などのアワードが発表されました。フォラケさんのピッチを含め、アフリカの未来に向けた社会的課題の解決の足掛かりとなるテックビジネスのスタートアップに、世界が熱いまなざしを注いでいます。

2021.03.24(水)
取材・文=張替裕子(giraffe)