JICA人間開発部で保健事業に携わる小野智子さん(左)と、医師・小説家として活躍する南 杏子さん(右)。

 JICAの協力のもと、CREA × 文春オンラインの連合企画として展開している特集「ソーシャルビジネス×ジェンダー平等がもたらす地球の未来」。

 最終回となる今回ご登場くださるのは、『いのちの停車場』などの人気作品で知られる医師・小説家の南 杏子さんと、JICAで途上国の保健分野の事業についている小野智子さん。専門は違えど、命に向き合うという志を同じくするお二人の女性に、医療や保健の在り方について語り合っていただきました。


聞く力を高めることが、文化や立場を超えた理解を生み出す

――南さんはもともと編集者として仕事をされていて、結婚・出産後に医学の道を志されたそうですね。

南 杏子さん(以下南) そうなんです。出版社で育児雑誌の編集を担当していまして、赤ちゃんの医療記事などを書いていました。実は幼い頃から身体のことに興味があって、人体図鑑だけはボロボロになるまで読んでいたような子どもだったんですけど、医師になるということは考えていなかったんですね。

 ところが、出産後、夫が会社からの派遣でイギリスに留学となり、私も1年間育児休暇をとって向こうに住んだのですが、そこで通ったアロマテラピー専門学校で受けた解剖生理学の授業が、ものすごく面白かったんですね。

――人体図鑑好きの心が蘇ったんですね。

 はい、初めてそういうことを勉強して、すごく興味をひかれました。それと同時に、イギリスでは30歳、40歳でも新しい道に飛び込んでいらっしゃる方たちがたくさんいるのを見て、ちょっとカルチャーショックを受けて。

 そんな折に、日本から取り寄せていた新聞で、医学部学士編入という、一度別の学部を卒業した人が医学部で勉強し直せる大学がある、という記事を帰国直前に見つけたんです。これなら私もチャレンジできるかもしれないと、帰国した年の秋に受験して、なんとか翌年春から医学部に行くことができました。夫も背中を押してくれましたし。

1992年、南さん(右端)が通っていたシャーリープライス・アロマテラピー専門学校の教師やクラスメイトとの思い出の写真。

――とはいえ、いざ学士入学しても、それから先の医学部の勉強は非常に大変だったのではありませんか?

 そうですね、一回り以上年下の学生さんたちと机を並べ、一緒に覚えることがものすごくたくさんあって……。本当に大変だったんですけれども、ただ、私はそれが楽しくて楽しくてしょうがなくて、たぶん人生で今が一番楽しいなって毎日思いながら大学に通っていました(笑)。

小野智子さん(以下小野) お話をお聞きしていると、とても共感する部分がありますね。実は私も医学部への学士入学を考えたことがありました。

 私は17才の時に父の転勤でアメリカに移り、そのままアメリカの大学で化学と国際関係学を勉強していました。アメリカの大学院で医学部に行こうかと悩んだ時期にいろいろ調べたところ、日本では4校くらい医学部に学士入学できる大学があると知り、もしかしたら卒業後は日本に戻るのもありかなって。

――なぜ医療を学ぼうとお考えになったのですか?

小野 思いもかけず日本とアメリカという2つのホームを持つことになって、どういうスキルがあれば国境に縛られずに生きれるのか、世界で求められる技能って何だろうって考えた時、医療という分野に興味を持ったんですね。

 いくつもの国で医師免許を取得していくのはすごく大変ですし、日本に戻るか、アメリカの大学院に行くか、とても悩んでいる時に、公衆衛生という分野を知りました。

 臨床ではないけれども、医療を支える分野であり、私が実際に勉強してきた科学と社会の仕組みをつくる政策の両方が重なり合っている部分があったので、これであれば私が目指すところと合致するかも、と。それで、公衆衛生を選んで大学院に進みました。

2003年ジュネーブにて、小野さん(中央)を囲んでWHOの同僚と。

 そこから、世界で求められる技能という点でJICAにつながっていくんですね。

小野 幼い頃から国連のような国際機関の仕事に憧れていたのですが、大学院時代にWHO(世界保健機関)本部でのインターンの機会があって、そのまま卒業後に就職できたので、WHOで途上国での国際貢献という仕事に携わることができました。

 途上国において医療保健の仕組みを一緒に作っていきたいと考え、その後にまた大学院に入って医療経済という違う分野を学び直したり、再び国際機関で働いたりするうち、より現場に近い形で働きたいと思うようになったんですね。

 それでJICAであれば現場と政策という両方の仕事ができると考え、20年弱のギャップを経て日本に戻り、JICAに入りました。

――具体的にはどういうお仕事を担当されているんですか?

小野 途上国に直接医療を提供するというより、途上国の国として能力を上げ、国の医療や保健の仕組みを良くしていくための協力を行うことが我々JICAのマンデート(任務)です。自治体の行政官や病院で働く人たち、検査所の人たちと一緒に課題の原因を探り、少しずつ仕組みを改善し、人々が質の高い保健医療へアクセスできるようにすることを目指しています。

 お医者さんが働く現場とはまた違いますが、何回も途上国に足を運んで現場の問題を自分の目で見て、何ができて何ができないのか、その原因は何なのかを話し合い、一緒に良くしていくというプロセスが必要です。

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、途上国にも非常に深刻な事態をもたらしていますよね。

小野 基本的なインフラがないことの影響を実感しましたね。国にもよりますが、水・電気が満足にでないっていう地域がまだまだ多く、そこにお医者さんが働いてくれるか、的確な治療が行えるかというと難しい。

 知識を提供して予防を徹底させるとか、高度な治療ができなくても早く診断して病院に搬送するとか、それぞれの現場において今ベストなことは何かを、常に考えている状態です。

――社会通念や文化、あるいは宗教の違いなどで、なかなか他国の人間が指導できるものではないかと思いますが。

小野 そうですね、まず指導だとは思わないことがすごく大事だと思います。その国のことを一番知っているのは、その国の人たちですから。我々はあくまでも外部から来た人間として、新しい知識や見方を提供し、話し合いながら「こういう考えもあるんじゃない?」ってちょっとサポートする。

 文化の違いは当然ありますから、それを理解した上で進めていかなければなりませんし、そのために我々は聞く力をちゃんと身につけなきゃいけないと考えています。

 我々医師とJICAとでは活動する現場は異なりますが、共通するところもたくさんあると思います。私がやっているのは終末期の医療なので、必ずしも命を救うことだけが目標ではないんですね。

 それよりも、快適性だったり、苦痛の軽減だったり、あるいは尊厳だったり、そういったものを優先したいという患者さんご本人やご家族の思いがある場合も少なくない。そのあたりのところをしっかり聞き取り、お気持ちを十分に汲んでいかないと、一方的に「あなたもほら、1分1秒長く生きたいでしょう?」と医療を押し付けてしまうことになる。そういう反省もあって、小野さんのお話と同じことだなと、伺っていて思いました。

小野 知識だけで患者さんの気持ちに近づけるものではないですよね。

 本当にそうですね。教科書とか授業とかで勉強してきたことはほんの一部であって、目の前の患者さんのことをちゃんと見ていかないと、医療の押し付けになってしまうってことが、だんだんに分かってくるんですね。

 医学部を出たての医師は「こういうふうに治療すればいい」という考えにとらわれがちです。しかし、お薬をいっぱい出したのに飲んでもらえなかったとか、すごく頑張って手術をしたのに納得してもらえないとか、努力が裏目に出てしまうこともある。そこには、相手の立場に立ち、相手の考えをよく聞いて話し合ってこなかったという部分が、もしかしたらあるのかもしれません。

小野 あぁ、分かります。

 JICAの取り組みは、さらにそうですよね。例えば日本だって、コロナのワクチンをみんなに打ってもらうのにすごく苦労しているのに、全く違う文化を持つ国の人たちにそれをどうやって理解してもらうのか、本当に大変だろうなって。

 一つひとつの事業をちゃんと理解してもらうためのていねいな作業が本当に大事なんだなと、お話を聞いて改めて感じました。

2012年ハーバード公衆衛生大学院博士課程卒業時、同級生と喜びを分かち合う小野さん(左下)

2021.09.24(金)
取材・文=張替裕子(giraffe)
撮影=深野未季