宮沢賢治は、さまざまな作品の中のみならず、生活の中でも「皆の幸福のための自己犠牲」という思想を追求していた。そこから考察するに、タイタニックのエピソードも個人の幸福と全体の幸福の関係を語るための重要なピースとして作中に導入されたと考えることができる。

『銀河鉄道の夜』と『タイタニック』 2つの物語に共通するもの

 そして、ここで『銀河鉄道の夜』と『タイタニック』は再び繋がってくる。この2つの物語は、ともに旅をしてきた相手の自己犠牲的な死と、それによる別離が描かれており、内容は異なれど、構造的に似ているのだ。ここで自己犠牲“的”としたのは、ジャックもカンパネルラも死ぬことを目的にはしていないからだ。

 どちらもまず無私の行動があり、その結果として、2人は命を落としている。それはこの2つが、結果として死んでしまった相手から何を受け取ったのか、という「残されたもの」の物語であるということでもある。

 

ローズが口ずさんだ歌と彼女の“飛翔”

『タイタニック』でジャックは、海上に浮いたドアにローズを優先して乗せ、「必ず生き延びると約束してくれ」と励ます。救助を待つ間、ローズは朦朧とした意識の中、自分をタイタニック号の舳先に立たせてくれた時、ジャックが歌っていた「Come Josephine In My Flying Machine」を口ずさむ。これは1910年のヒット曲で、男性がジョゼフィーヌという女性を飛行機に誘う内容だ。

 階級のしがらみに縛られ窮屈な思いをしていたローズにとって、ジャックというのは自分が“飛べる”ということを気付かせてくれた存在だった。「Come Josephine In My Flying Machine」の歌詞に出てくる男性のように、ローズを飛翔へと誘うジャック。この歌を口ずさむ彼女の視線の先には、無慈悲なまでに美しい天の川が広がっている。自分には決して手が届かないかもしれないはるかかなたの空。その時、救助に戻ってきた救命ボートの明かりが見える。この時、ジャックは既に息絶えていた。

2021.05.14(金)
文=藤津亮太