自分が自分じゃなくなるような、無我の境地を体験できた

――『あのこは貴族』への出演も、起業するタイミングと重なったとおっしゃっていましたね。やっぱり、キャリアの中で転機となるような作品と出会うときは、何か背中を押してくれるような印象的な出来事と重なるのかも。

 『彼女』に出演することは、私のこれまでのキャリアの中でも、ものすごく勇気がいることでした。こんなに感情がむき出しの状態で何週間も役に向き合うなんてできるだろうか。自分がどうにかなってしまうんじゃないか、とか。いろんな不安がありましたけど、今回は、“役者”として、全力でこの作品に向き合ってみたいと思った。

 もちろん、今までのお芝居の現場が、全力じゃなかったわけじゃないですよ。ただ、どうしても「私は役者じゃないんだから、でしゃばらないようにしよう」みたいな遠慮があったことは確かです。

 とくにドラマのような、スケジュールがキツキツに組まれている現場では、私が邪魔しちゃいけない、迷惑をかけちゃいけない、みたいに思い込みすぎて、スムーズに進行することを優先させすぎて、気を回しすぎていたかも知れない。

 正直、『彼女』も、撮影当初は「ヤバいところに首を突っ込んでしまった」って(笑)。しかも、どんどんひどい精神状態に追い込まれて。やるしかないとわかってたけど、本当に苦しかった。

 ただ、ずっと「みんなで一緒に作っていった感」はあって。仕事という感じが全然しなかった。この作品をみんなで作り上げていることに没頭していた。監督もそれを望んでくださって、スタッフみんなが、没頭しすぎて感情のアップダウンの激しくなる私のことを理解してくれた。

 監督は、役にのめり込んで正気を失くしていく私の姿を、むしろ望んでくれていたみたいでした。自分が自分じゃなくなるような、無我の境地というか。そんな感覚を体験できたことはすごく大きな経験でした。自分がこんなふうに、ただの自分でいられる現場があるんだってことが、すごく嬉しかったです。

後編へ続く

水原希子(みずはら・きこ)

1990年米国生まれ。モデル、女優、デザイナー、プロデューサー。2003年よりモデルとして活躍。女優デビューは映画『ノルウェイの森』(2010)年。18年にはアジア人初のDior Beautyアンバサダーに抜擢された。2021年公開の映画『あのこは貴族』の等身大の演技が話題に。最新写真集『夢の続き Dream Blue』がNetflix映画『彼女』が世界同時配信される4月15日に刊行。日常的な感性をアーティスティックに発信するインスタグラムは570万人以上のフォロワーを持つ。

Netflix映画『彼女』

永澤レイ(水原希子)は、高校時代からずっと片想いしていた篠田七恵(さとうほなみ)が、夫から壮絶なDVを受けていると知り、七恵を救うためにその夫を殺害する。2人で一緒に逃避行する途中で、それぞれが根源的に抱えていた葛藤が浮き彫りに。愛や憎しみの感情がむき出しになっていく中、次第にお互いへの感情に変化が訪れ――。原作は、中村珍の漫画『羣青』。監督は廣木隆一。テーマ曲は細野晴臣が担当している。他にも真木よう子、鈴木 杏、田中哲司、南 沙良、新納慎也、田中俊介、鳥丸せつこらが出演している。

監督:廣木隆一
原作:中村珍「羣青」(小学館IKKIコミックス)
脚本:吉川菜美
出演:水原希子、さとうほなみ、真木よう子、鈴木 杏、田中哲司
Netflixにて2021年4月15日(木)より全世界独占配信

2021.04.14(水)
文=菊地陽子
撮影=佐藤 亘
スタイリスト=小蔵昌子
ヘアメイク=白石りえ