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赤坂らしからぬリーズナブルさの秘密は……

 こちらがご主人の福島正幸さん。料理人一筋に生き、かつては赤坂の割烹料亭などで腕を磨いた方。25年前、そろそろ自分の店を持ちたいと考え、この場所で「梓川」を始めたのだそう。

 梓川といえば、長野県松本市を流れる川の名前。そこで「長野のご出身なんですか?」と聞くと、そうではなく、前の店から屋号をそのまま引き継いだんだとか。つまり、この場所に梓川というお店はもっと以前からあったけど、福島さん版の梓川はオープンから25年ということだそうで、ちょっとおもしろいエピソードですね。

 「なぜこの立地でこんなに安く営業できるんですか?」の問いに、「いや~普通ですよ」と笑う福島さんですが、魚の仕入れについて伺うと秘密の一端が判明。

 曰く、魚の質と値段は仕入れ次第。日々ほうぼうを駆け回り、自分の目で見て、手で触って確認する。同じ日に同じ場所で獲れた同じ仕入れ値の魚でも、実は品質がまったく違う。そのなかから自分がいちばん良いと納得したものを選ぶ。そうやって工夫し、正直に商売をすることで、このクオリティーと値段が保たれていたというわけだったんですね。

 今日仕入れたという本マグロのカマを見せてもらいました。巨大な「かぶと焼き」や「かま焼き」もお店の名物のひとつ。

 そしてそこから丁寧に取られた「カマトロ」! 輝いてます。

 980円の刺し盛りにさりげなく乗ったこのマグロひとつにしても、そんな苦労があったんですね。そりゃあ口のなかから、一瞬で溶けてなくなるわ……。

 こちらは「ボラ白子」と「たら白子」の味くらべセット(780円)。おなじみタラの白子はクリーミーで濃厚で、ホッピーから切り替えた日本酒「鳳凰美田」(480円)のスッキリ上品な香りにベストマッチ。

 珍しいのがボラの白子。初めて食べましたが、蒸したてでほんのりと暖かく、クセはなく、まったりとコク深い。ボラの白子ってこんなに美味しいものだったんですね! ご主人曰く「フグの白子にも負けない味」とのことですが、すいません、僕、フグの白子も食べたことないんです……。強いて自分の知っている味で表現すると、「あっさりとしたアンキモ」かなぁ。

 あの、最後にひとつだけ個人的な自慢をさせてもらってもいいでしょうか?

 梓川のことを知った後日、再び「アトロク」にゲスト出演させてもらった時のこと。宇多丸さんとのトーク中、「最近いい店あった?」なんて話になり、「そういえばこの前の収録帰りに入った『梓川』って店がすごく良くて」なんて話を、何気なくしたんです。

 それからしばらくしてまた梓川へ行き、その日も大満足して帰ろうとすると、なんとお店の入り口の上がこんなことに!

 ずらりと並んでいるの、すべて僕の著書なんです。一瞬なんのことかわからず、でもそうか、前にラジオで勝手に紹介ちゃったのを聞いてくれ、応援してくれているのかもしれないなと納得。

 ただ、僕の本には自分の顔写真なんかもバンバン出てきます。ならばひと声かけてくれたら良かったのに、と、いつものお姉さんに「あの、これ実は、僕が書いた本なんですけど……」と言うと、なんと返ってきたと思います?

 「はい。だと思ってました」

 なんという気遣い! 気づいていたけどそれはそれ。こちらの都合もあるだろうしと、お店を楽しむために必要なやりとり以外はあえてしない。僕は感動し、同時に、さすが梓川だと妙に納得してしまったのでした。

梓川

所在地 東京都港区赤坂4-3-4 菅野ビル B1F
電話番号 03-3585-4038
営業時間 12:00~13:20、17:30~23:30(L.O. 22:30)
定休日 日曜

パリッコ

酒場ライター・漫画家。酒場好きが高じて会社員から酒場ライターに転身。未知の大衆酒場、ちょっと怪しいとされる店にも果敢に訪れ、心のオアシスを発掘。酒場愛に溢れた文章やイラストは、吞兵衛の心をわしづかむ。酒カルチャー雑誌『酒場人』監修。著書に『酒場っ子』(スタンド・ブックス)ほか。
Twitter:@paricco

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2020.12.11(金)
文・撮影=パリッコ