観客席からは観られない
アングルの映像も

 幸四郎さんが与兵衛を初めて演じたのは、前名の染五郎を名のっていた2001年6月、博多座のことだった。その舞台は評判となり、わずか3か月で歌舞伎の殿堂である歌舞伎座で再び演じるという快挙を成し遂げた。

 以来、与兵衛は幸四郎さんの当たり役。熟成を重ね5演目となったのがこの舞台だ。

 「いつか(物語の設定地である)大阪で演りたいと願っていました」

 それが適材適所の豪華な配役を得て、襲名披露というおめでたい門出に実現したのだ。

 「皆さんにご出演いただけたことが本当にありがたく、そして撮影にご協力くださったことに心から感謝しています」

 当たり前の話だが、劇場では購入したチケットに記された席でしか観ることはできない。そして俳優がどんなにいい芝居をしていても、その表情を目にできない瞬間に出くわすのは珍しいことではない。

 このシネマ歌舞伎作品では、実際には観ることが不可能なアングルからやレール上を移動しながらの撮影も観客のいない劇場で行っている。

 その結果、無邪気なまでに刹那の本心に素直に生きる与兵衛の折々の表情はもちろん、子への情愛ゆえに苦悩する父母の苦しい胸の裡など、物語が内包する登場人物それぞれのドラマが多角的に浮かび上がった。

 「純古典の歌舞伎の演出となっている芝居ですから、それを映像のドラマとしてつくっていくのは難しいものがあります。歌舞伎の『女殺油地獄』という素材に映像作品としてどこまで手を入れることができるかという挑戦でした」

2019.10.28(月)
文=清水まり
撮影=白澤 正