『一切なりゆき
~樹木希林のことば~』より②
新刊『一切なりゆき ~樹木希林のことば~』(文春新書)は、先ごろ永眠した女優・樹木希林が遺した語録だ。生きること、家族のこと、病のことについて、本人が語った思いを集めた本書。噛むほどに心に沁みる樹木さんのことばとは……。
「“やさしさ”という言葉でも
どれだけ違うか」
私は夫に対してとか、友だちとか男とか、そういうふうに決めないで人にやさしくしたいなと思うんですね。
でもときどき目をつぶっちゃって、自分のことだけ考えてる。はいはいって言ってればスムーズに終っちゃうからね。
だからひとつの「やさしさ」という言葉でもどれだけ違うかということなんですね。私、何人かの人間とつきあって、その人が死ぬときに「あいつ、やさしい人間だったな」と思ってもらえるような、そういう添いかたをそれぞれにしていきたいなというのが私の理想なのね。そういうふうになっていったときに、すごく色っぽい女になるだろうなと思うんですよね。
そういうふうに近づきたいなという気持ちはあるんですよ。そういう欲でも持たないと、いつでも引き下がれちゃう、いつでも自分がいなくなってもいいというようなところへ行っちゃうからね。私はこういう家に住みたいとか、こういう理想の家庭を欲しいといった欲が全くないから。別のところへ欲を持っていかないと生きていかれないというところで、無理やり別の欲に持っていってるというのが現状ですね。
“生まれ、生まれ、生まれ、生まれて生の初めに暗く”という空海の言葉があるんです。“死に、死に、死に、死んで死の終わりに冥し”っていう。自分の人生の中でいろんな文章に出くわすとその都度感動したりするんですけど、いつまでもひとつもわかってないなというところへ、ふわっと行っちゃうんですよね。
(クロワッサン「ひとつのことをゆっくりしゃべろう 女の色気2」1987年1月)
2018.12.25(火)
写真=文藝春秋