18歳の時に末の弟が誕生
阿川 翌朝起きたら、母は台所にいたんです。もう二度と母とは会えないのかもしれないという恐怖を抱いてましたから、ホッとしました。
近田 歩いて帰って来たんでしょうね。
阿川 だからと言って、父と母は仲が悪かったのかというと、そう簡単な話でもない。だって、私が大学に入った18歳の時、三男に当たる末の弟が生まれたんですから。
近田 えーっ! お父さんもお母さんも、結構な齢だったでしょう?
阿川 ええ。母は46歳で、父は51歳でした。だから、吉行淳之介さんとかは面白がって、「あの子どもの本当の母親は娘の佐和子で、相手の男は今、刑務所に入ってるに違いない」なんて冗談をまことしやかに触れ回ってたらしいです。
近田 ひどいねえ(笑)。
阿川 私が大学に入ってからも、父は相変わらず横暴でしたね。大学生ともなると、友達との電話も長くなる。でも、父は、そもそも子どもが家の電話を使っている時点で許せない。うちは、自宅であり仕事場でもあるという理屈で。
近田 まあ、そりゃそうなんだけどさ。
阿川 だから、こっちからかける時は、公衆電話まで行って、10円玉たくさん積み上げながら通話してましたね。当時、自宅は横浜のたまプラーザだったから、東京の友達に電話すると、結構かかったんですよ。
近田 懐かしいねえ。
「吉田っていう馬鹿から電話だー!」
阿川 そんなある日、普段は食事を取ったらすぐに仮眠するはずの父が、珍しくテレビで野球を観てたんです。私の方は、ちょうど定期試験か何かの前で、2階の自分の部屋で英語の勉強だったかをしてたんですけど。
近田 それぞれに過ごしてたのね。
阿川 そしたら、1階の食卓の近くで電話が鳴って、父が取ったら、私の友達だった。仮に吉田という名字にしておきますが、その彼女が「吉田と申しますが、佐和子さんはいらっしゃいますか」と言うと、野球観戦を邪魔されてカチンときた父は、「おーい、佐和子、吉田っていう馬鹿から電話だー!」って。
近田 うわー。
阿川 それ、みんな向こうに聞こえるでしょう。しかも、吉田さんは大学で知り合ったばかりの友人だから、まだうちの事情も父のこともよく分かってない。
近田 向こうも面食らうよね。
阿川 それに、父はすごく野球が好きなわけでもなくって、どういう風の吹き回しか、たまたま流れていた野球を眺めていただけなんですよ。
近田 じゃあ、電話が鳴ったって、そんなに怒ることでもない。
阿川 だから私も、電話を替わる前に、父に「そんな言い方しなくたっていいでしょう」と言ったんです。それで、試験科目のノートに関する吉田さんとのやり取りが終わって、電話を切ったら、後ろに父が立ってた。真っ赤な顔して、鬼のように。
近田 嫌な予感がするね……。
