雷に打たれた衝撃の出会いと、近所の「FNS歌謡祭」
――ドリアンさんが初めてドラァグクイーンという存在に出会った時のことを教えてください。どういうシチュエーションで、どういう感情を抱いたのでしょうか。
高校3年生の時でした。近所に住むゲイのお姉さんたちと、週に数回集まってお茶をしたり、カラオケに行ったりする、サークルのような集まりがあったんです。ある年の瀬に「自分たちでFNS歌謡祭をやろうよ」という話になりまして。といっても、近所のカラオケボックスのパーティールームを借り切ってみんなで着飾って歌うだけの、ごく小規模な身内の催しです。
そのお姉さん方の中に一人、以前ドラァグクイーンをされていたという方が一人いたんです。当日、その方がクイーンの姿でバーン! と会場に入ってきた。それを初めて生で見た瞬間に「なんてかっこいいんだ!」と、雷に打たれたような衝撃を受けました。そこからそのお姉さんにメイクを教わったり、自分でも見よう見まねで勉強を始めたのがきっかけです。
――ドリアンさんにとってドラァグクイーンとは、「なりたい自分」になる手段だったのでしょうか、それとも「今の自分」を拡張するものだったのでしょうか。
私は昔からそうなのですが、「ドリアン・ロロブリジーダ」という別の人格があるわけではなく、常に「大竹正輝(本名)」が派手な格好をしてステージに立っている、という感覚なんです。クイーンによってアイデンティティの在り方は100人100様ですが、私はどちらかというと「拡張」に近いですね。ただ、一番最初に見た時はそんな難しいことは考えていなくて、とにかく「かっこいい! 自分もやりたい!」という子供じみた憧れが強かったと思います。
――その後、早稲田大学に行かれ、在学中にドラァグクイーンとしてデビューされました。当時のことをお聞きしたいです。
高校3年生でドラァグクイーンに出会ってから、家でメイクをしたり、当時の「東京レズビアン・ゲイ・パレード」では渋谷の街を女装で練り歩いていたりはしましたが、その時点では「ドリアン」という名前もなく、ただ「正輝くんが女装をして遊んでいる」状態でした。
転機は大学3年生の年末です。新宿二丁目の小さなクラブで「若手女装グランプリ」という催しが開催されたんです。フレッシュな若手ドラァグクイーンを一堂に集めてショータイムをさせて、ベテラン勢が審査するという、今思えば「ごっこ遊び」に近いようなものでしたが、それに「じゃあちょっと出てみようかな」と。そこで「ドリアン・ロロブリジーダ」という名前を決めて出場し、ありがたいことに優勝させていただきました。これがドリアン誕生の瞬間です。
――当時はプロとして生きていく意識はありましたか?
全然ありませんでした(笑)。当時の自分は大学生活を完全にないがしろにしながら二丁目遊びをしていたので、全く足りていない単位数を見ながら「いつまでもこんな生活が続くもんじゃねえぞ」と冷ややかに自覚していました。普通に就職して、サラリーマンをやりながらドァアグクイーンを続けるかな、ぐらいの感覚でしたね。
