料理のコツが分かってきたのは下の子が二十歳を超えたあたり

――本の中には「劣等感」とうまくつきあえるようになったのも、ここ最近だったと書かれていますね。これは料理に関することですが。

大平 下の子が二十歳を超えたあたりから、料理のコツがやっと分かってきた。おいしい食材はあれこれ味つけする必要ないんだ、とか。「足し算」との料理じゃなく、「引き算」の料理でいいんだ、って。そう思えてきたのは、ここ6年ぐらい。

――そのタイミングが興味深いです。なぜ娘さんが二十歳のとき以降なんでしょう。

大平 お弁当作らなくてよくなったからかもしれない。娘が高3のときでも「お弁当、おいしくない」って言われてて(笑)。一番おいしいのは冷凍食品のから揚げで、次がゆでたおくら。ミニトマトのマリネはあまりにもずっと入れてたから、食べなくなっちゃって。

――そのマリネは娘さんがおいしいって言ったから、入れてたんですよね?

大平 そうなの。でも小1からずっと入れてたらそりゃ飽きるよねえ。あるとき「ミニトマト以外でお弁当の隙間を埋めてみて」って言われました(笑)。でもこんなふうに、子どもたちから得た気づきもいろいろ多いわけです。こんな話なら、書けると思った。本当にもう、子育て中はジャッカジャカという感じで料理やってました。

「長い間、家事全般について人よりできていないという劣等感が強かったが、几帳面でないから無理、と決めつけていたことは、案外、見かたを変えたらもっと早くに解消できていたかもしれない。そうしたら、もう少し自分を好きになれていたのかも」(『台所が教えてくれたこと ようやくわかった料理のいろは』44ページ)

――ジャッカジャカというのは、ざっくりという感じですかね(笑)。そんな大平さん、本書の中で自身の生活と性格を粗忽(そこつ)、と表現されています。

大平 粗忽って言葉、好きなんです。本当に自分のことを言い当ててる言葉だなと。うっかりで、雑で。誰かとお酒飲んだときなんか、「失礼なこと言ってないか、言い過ぎだったか」と思ったり、「あんなこと言わなきゃよかった」と思ったりで寝られないこともあるんですよ。

――オブラートに包まず、はっきりおっしゃるほうなんですかね。話し方もチャキチャキというか、東京の下町のような、立て板に水な感じ。

大平 タクシーの運転手さんにも「浅草の人?」なんて言われたことあります。でもこれは意識的かもしれない。人物インタビューをメインに30年仕事していて、限られた時間の中で相手の本音を引き出したいとき、あえてボーダーレスにして、時にズカズカと話を聞くこともある。それが話し癖になっているのかな。

――初対面でも距離を詰めて、「ズカズカ訊く」を意識的にやるときもあると。

大平 あります。特に一般人の方は緊張されるから。緊張を取り外したいときは「隣のおばちゃん感」を出して話す。これはひとつ、自分の武器ですかね。ただ、取材のときには傾聴して相手に心を寄せる、共感力を大事にしています。これは『東京の台所』取材を重ねるうち、少しずつできるようになっていったこと。

――なるほど、ズカズカというより相手に「垣根」を感じさせないという感じかもしれない。

大平 人に対して「垣根」をつくらないというのは、自分の長所かもしれません。袖すり合った人とは、仲良しになりたい。限りある人生、食を共にする人や一緒に仕事する人のことは少しでも多く知りたいし、心を通わせたいんですね。これはあたしの生活信条のひとつです。


 本の中にはご家族の話がたくさん出てくるのはもちろん、独立したての頃の仕事仲間や取材で一度だけ会った人、数回仕事をした編集者、学生時代の寮の先輩も出てくる。縁はそれきりでも、忘れられない食の思い出をくれた人たち。その感動が昨日のことのようにみずみずしく書かれるのは、大平さんが心のルーペでつぶさに観察したからだろうけれど、関わる人たちに都度バリアを張らず、心近しく接してきたからなのだろうと思わされる。話を聞いていたら、本に出てくる「初めて飲んだ黒ビール」や、「アロマ香るおしぼり」に感動した大平さんの歓声が聞こえてくるような気がした。

 後半は子どもの頃の食の思い出や、『東京の台所』取材の記念すべき原点の話も。ぜひ、お読みください。

» 【後篇を読む】「あなたの書いたものなんて…」文筆家・大平一枝が“市井の生活者”を描くきっかけとなった編集者時代の上司の厳しい一言

大平一枝(おおだいら・かずえ)

作家、エッセイスト。1964年、長野県生まれ。編集プロダクション宮下徳延事務所を経て、1995年、独立。市井の生活者を描くルポルタージュ、失くしたくないもの・コト・価値観をテーマにしたエッセイを執筆。

聞き手 白央篤司(はくおう・あつし)

フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

台所が教えてくれたこと ようやくわかった料理のいろは

定価 1,980円(税込)
平凡社
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