シナリオに惚れ込んだルイス・クーが演じた鈍臭くて弱気な主人公
私立探偵を題材に選んだのは、「いわゆる“私立探偵もの”が香港で作られなくなりつつあるから」だった。「昔はひとりの対象を、車を使って数人がかりで追いかけていたのが、今はiPhone一台あればいい。現代の私立探偵を描くために取材をしたところ、以前と異なり、女性の浮気調査を男性が依頼するケースが増えていることにも興味を持ちました」とマンユーは語る。

偶然にも、リー監督は若い頃に私立探偵として働いた経験の持ち主だった。「18歳くらいの頃、外国企業の犯罪を調査したことがあるんです」と当時を振り返る。「調査対象は無事に逮捕されましたが、私たちが調査していたこともバレてしまった(笑)。あまりに動きが怪しかったので通報されたのでしょうね」。
こうしてマンユーの企画にリー監督が食いつき、脚本が正式に完成したのは5年前のこと。ルイス・クーもシナリオに惚れ込み、「ぜひ出たい」とプロジェクトに加わった。演じた私立探偵のアウヨンは、失踪者の調査と並行して妻の浮気疑惑にも立ち向かい、公私を混同するも、妻本人とはうまく関われないという役どころだ。

マンユー これまで数百本の映画に出演してきたルイス・クーですが、私立探偵の役は演じたことがなかった。しかもこの映画の主人公は、彼が演じてきたクールでかっこいいキャラクターではなく、鈍臭くて弱気な男性。脚本を読んで驚いたそうですが、ぜひ演じたいと言ってくれました。
リー&マンユーがこだわったのは、“私立探偵もの”を現代の香港映画に蘇らせること。また、推理サスペンスでありながらも「犯人は誰か、トリックは何か」を追う王道のミステリーにはしないことだった。「犯人を隠すことはしていません。映画を観ていればすぐにわかるはず」という。

マンユー 大切にしたのは「どうやったのか」ではなく「なぜやったのか」。殺人事件の犯人が自分に似ている、その恐ろしさを感じられる映画にしたかったのです。主人公の私立探偵にとっても、最大の敵は自分自身。他人の事件には冷静かつ客観的に対処できるのに、自分の問題にはうまく向き合えずにいるのです。
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- 文=稲垣貴俊
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