14歳の欧州ひとり旅での出会いがまさか……

 温泉リポーターをしながら札幌にある3つの大学でイタリア語を教え、時間があれば漫画を細々と描きつつ子育てをしているときに、私は結婚をしました。子どもはすでに6歳になっていました。相手は、私が14歳のときにヨーロッパ旅行で出会ったマルコじいさんのお孫さんです。

 出会いはマルコじいさんが亡くなったあとです。母はマルコじいさんの娘家族とも仲良くしていて、イタリアの家に足しげく通っていました。日本に戻ってから数年後、久しぶりにイタリアへ行かないかと母に誘われ、子どもを連れてそのマルコじいさんの娘家族に会いに行くことになりました。私が34歳のときですね。マルコじいさんの孫は当時まだ20歳の大学生で、イギリスに留学中でしたが、ちょうどイタリアに帰国したタイミングでした。

 彼は歴史を学んでいたのですが、特に古代ローマのフリークで、共和制から帝政の歴代の王や皇帝の名前を全部暗記していて、おまけにローマ教皇の名前もスラスラと出てくるほど。彼と話をしていると、体裁を気にせずローマに対するパッションというものを発揮することができるのですから、三日三晩、寝る間も惜しんで話し込みました。情熱の横溢(おういつ)を嫌がらない人と話し込めるのは楽しいものです。14歳年下の20歳の彼もよほど楽しかったらしく、私が日本に帰ったあと、寂しくて病気になり、入院してしまいました。

 ある日イタリアの病院の集中治療室から私の家に電話をしてきて、「どうやら僕はきみと結婚したほうがいいように思うんですが、どうでしょう」と提案をしてきたので、この人は結婚がどんなものかわかっていないのかなと思いつつ、でも知識と教養の触発は本当にありがたかったので、一緒に暮らしてもいいかなという気持ちになりました。私は経済的にはもう自立できていたし、経済面で補い合うための結婚ではないのだったら、こういうのでもいいかなと。それに子どもとも14歳差、私とも14歳差で、普通の家族というフォーマットではありえない集合体だけれど、共同体としてこういう家族単位もありだと感じて承諾しました。

 前置きが長くなりましたが、この結婚がのちに『テルマエ・ロマエ』を生むきっかけになるのです。

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