派遣社員としての体験を小説化
──そもそも、社労士を主人公にした労務ミステリーを構想されたきっかけは何だったのでしょうか?
水生 2013年に実業之日本社から『エール!』という、お仕事をする女性を応援するというテーマのアンソロジーの依頼がありました。これは3冊出る企画で、計18人の作家が参加するため、他の人と職業がかぶらないようにしてくださいと言われたんです。
そこで、まず絶対にかぶらないだろう職業として社会保険労務士を選びました。私自身が総務で働いていた経験があるので、社労士という資格があることも、大体の仕事内容も知っていました。
そのころ、会社員の方々が年末調整などでボロボロとミスをしていることも知っていて、働いている人なら知っておいた方がよい内容だなと常々思っていたんです。そういった労務関係をテーマにして、そのアンソロジーで一篇書いたのがきっかけです。
──そのアンソロジーがシリーズ化の出発点になったのですね。
水生 はい。実際に書いてみて、キャラクターもなかなかよい感じに立ったし、このテーマはあまり書いている人もいないので続けたいなと思っていました。ただ、実業之日本社さんでは別のシリーズ(『ランチ探偵』)を持っていたので、さすがに私のキャリアでは2つのシリーズを同時に、というわけにはいかないだろうと。
そこで、当時の担当者さんに許可を得て、文藝春秋の担当者さんにお話を持っていったところ、2017年に書籍化していただけることになった、という流れです。
──ご自身の体験が作品に活かされているわけですね。
水生 派遣社員として総務で働いていました。ある職場では、複数の会社から給与計算を一手 に引き受ける仕事にもついていたので、給与計算や年末調整関係のことは分かります。別の会社では、怪我をした人の労災関係を少しですけれどやったこともあります。そういった経験が活かせているかは分かりませんが、ベースにはなっています。
──社労士という仕事をミステリー仕立てにするのは、難しかったのではないでしょうか?
水生 そうですね。ただ私はミステリー作家なので、謎を設定した方が物語に起伏もつけやすく、書きやすいんです。密室が出てきたり、殺人事件が起きたりはしませんが、物語をミステリーとして組み立てる癖みたいなものがあるのだと思います。
──労務問題は法改正も多く、情報をアップデートしていくのが大変なのではと感じます。
水生 執筆した時点の法令で書いて、本にする時に変わっていれば直す、という形になります。ですから、毎回調べながらの執筆になりますね。先のことは読めないので、その時に合わせるしかなく、単行本の巻末には「法令はその時のものによります」と書かせていただいています。
新聞などで報じられる情報は、さすがに気になりますのでチェックします。話題になっている「年収の壁」や、毎年10月に改定される「最低賃金」などですね。

2025.09.23(火)
文=文春コミック