お客様が「そう、これだ!」と思える瞬間をつくりたい

——これからどのような作品を生み出していきたいとお考えですか? また、舞台に立つことと作品を作ること、それぞれにどんな思いをお持ちでしょうか。
歌舞伎の古典作品はもちろん大切ですが、それだけではなく新しい作品を生み出していきたいです。ブロードウェイやウエストエンドといった演劇の盛んな地でさえもそうですが、今は世界的にも素晴らしい新作が出にくい時代になりました。
私は若いときからお芝居が好きでたくさんの作品を観てきました。中でも『華岡青洲の妻』や『ふるあめりかに袖はぬらさじ』という有吉佐和子さんの作品を観て、人間とはこういうものだという根本的なものを描いていると印象に残っています。それほどの深いものはなかなか書けませんが、1点だけでも作りたいという思いはあります。
また、当時は杉村春子先生や水谷八重子先生ずくめで、“杉村春子が演じれば必ずお客さまが来る”という素晴らしい時代でした。私はそういう先生方たちと出会えて本当に幸せでした。
特に『欲望という名の電車』は、杉村先生が卒業されてからそれを超えるブランチは残念ながら出てこないですね。杉村先生を通してブランチの人生が一気に押し寄せてくるように感じられましたので、先生にその思いを直接お伝えしたら、「テネシー・ウィリアムズがどう考えたかは別として、あれが“女”っていうもの。“女”が出てくるのよ」とおっしゃいました。意図したものではなかったのだと思います。
また、杉村先生が『ターリンの行きの船』という作品を(2世)尾上松緑さんと共演なさっていた同時期に、私が『マクベス』に出演することになって、稽古場ですれ違うことがありました。
先生から「今度、マクベスを演ることになったんですってね。あなたは若いんだから何でもやりなさい……でもね、なんでもやりゃあいいってもんじゃあないのよ」と言われました。私にとって宝物のようなすごいお言葉でしたし、以来、その都度、この作品を演るべきかどうかを考えると同時に、その作品がいいかどうかも考えてきました。
そして、今は新作を作るうえでは、作る側にも回りたいと思っています。かつてロンドンの美術・衣裳デザイナーのボブ・クロウリーさんに「あなたにとっていい芝居ってどういうもの?」と聞いた時、胸にあてた手をまわしながら、深くうなずいて「これがなかったら終わりだ」という思い入れを話していました。
私は、ボブさんのようにお客様が「そう、これだ!」と思える瞬間をつくりたいんです。ただ華やかさや残酷さ、美しさだけではなく、心に残る何かを届ける芝居をこれからも模索していきたいと思います。
今回の取材で印象的だったのは、玉三郎さんの一言一言に込められた確かな重みだった。新たな作品を生み出そうとするその姿勢からは、変わらぬ情熱と揺るぎない覚悟が伝わってくる。
そして何よりも、常に“本物”と向き合い、“本物”を理解し、ご自身もまた“本物”であり続けてきた方なのだと、改めて強く実感した。
今を生きる美しき六条御息所と光源氏が舞台の上で出会う。そして、スクリーンで甦るという奇跡。その背景には、玉三郎さんの妥協なき探究心と芸術への深い信念が息づいている。その姿勢は、これからも多くの人々にとって道しるべであり続けるに違いない。
坂東玉三郎(ばんどう・たまさぶろう)
1957年12月東横ホール『寺子屋』の小太郎で坂東喜の字を名のり初舞台。1964年6月、十四代目守田勘弥の養子となり、歌舞伎座『心中刃は氷の朔日』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名。2012年9月に、歌舞伎女方として5人目となる重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、また2013年にはフランス芸術文化章最高章「コマンドゥール」を受章した。俳優、映画監督、演出家など国内外で幅広く活動。
シネマ歌舞伎『源氏物語』六条御息所の巻
脚本:竹柴潤一
監修:坂東玉三郎
演出:今井豊茂
出演:
坂東玉三郎
市川染五郞
中村時蔵
中村歌女之丞
中村亀鶴
坂東彌十郎
中村萬壽
https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/2803/

2025.09.26(金)
文=山下シオン
撮影=鈴木七絵(ポートレート)、岡本隆史(舞台写真)