「好きなんだからしょうがない」

響子 女を振りまくっていう感じではないけど、母なりにウキウキしてました。Aさんの名字の一文字にちゃんをつけて呼んで、「○○ちゃん、こんな別荘持ってるんだよ」なんて、言葉の端々に晴れやかさがあった。私も楽しみだったなぁ。うちに来る度に1万円のお小遣いをくれたんだよ(笑)。

桃子 買収されてた(笑)。

 響子さんの明るい思い出話から、Aさんの良さが伝わってきた。とはいえ、妻子ある人だ。いや、妻子があろうがなかろうが、自分の恋愛を娘に全く隠さない佐藤さんが、少し不思議だったりもする。

桃子 恋愛していることを隠すのって、男性と女性で違うと思うんです。男性が隠すのは、不倫とかのバレたらまずい時。

響子 社会的な問題というかね。

桃子 そうそう。だけど女性はそれと関係なく、なんか気恥ずかしいみたいなことで隠す。でも祖母は、そういう女性性がない人だと思うんです。かといって男性的なやましさもない。「(妻子がいても)好きなんだからしょうがない」というような感覚で、隠す必要はないと思ってたんじゃないかな。

響子 本人にそういう理屈はなくて、ウキウキした感じでズンズン進んでいったと思います。感情の赴くままに生きる人だから。

桃子 家に連れてきてたのには、祖母のアイデンティティーの中に響子が入り込んでいるという面もあったと思います。一卵性親子みたいなところがあるから、その意味でも気恥ずかしさはなかった。

響子 とにかく何でも自分の好きなようにする人ですから。今、施設に入って寂しがっているのも、好きにしたいのにできないからだと思うんです。恋愛でも何でも、私は好きにしたいんだよって。

 佐藤さんが夫の倒産、離婚の顚末を『戦いすんで日が暮れて』に描き、直木賞を受賞したのは45歳の時。人気作家となって以後、世の中、そして男性を叱るようなエッセイを多く書き、「怒りの愛子」などとも呼ばれるようになる。自身の2度の結婚、離婚を描く時も筆致は淡々としていて、作家・佐藤愛子と恋愛は結びつきにくい印象だ。

2025.07.07(月)
文=矢部万紀子