この記事の連載
安藤玉恵さんインタビュー【前篇】
安藤玉恵さんインタビュー【後篇】
『阿佐ヶ谷姉妹の のほほん二人暮らし』のミホさんや、連続テレビ小説『らんまん』の長屋のりんさんをはじめ、ドラマや映画、舞台で味のある人を数々演じてきた俳優の安藤玉恵さん。このたび、初のエッセイ集『とんかつ屋のたまちゃん』を出版した。
生まれ育った荒川区尾久を舞台に、家族や商店街の個性的な人々について、生き生きと描写している。本のこと、子供時代のことなど、実家のとんかつ屋『どん平』にて、じっくり語ってくれた。
花街の香りが残る街、尾久で育って

――エッセイ集『とんかつ屋のたまちゃん』はご家族やご親戚、商店街の人々との交流を綴っておられます。どの人も魅力的で、昭和の映画やドラマを見ているような気分になりました。本にするなら地元の話にしようと最初から決めておられたのですか?
どうだったかな……? 短いエッセイはこれまでもいろいろなところで書いていたのですが、「Webで連載しませんか」とお話をいただいたんです。担当編集の竹村優子さんが、コロナ禍に私が実家のとんかつ屋「どん平」でやった阿部定事件を題材にした一人芝居を観てくださって、地元の話も面白いとおっしゃってくださり、自然と街と人々のことを書くことになりました。
――オファーを受けて、割合スラスラと書けたのですか?
連載となると、仕事で役に入ってしまったら締切を守れなくなるかもしれないから、時間のある時にまとめて書いちゃおうと、「分割してお使いください」というつもりで提出したら、そのまま書籍にしていただけることになりました。
他の人に関してはいくらでも書けるのですが、自分のこととなるとなかなか筆が進まなくて。どうしても恥ずかしくなってしまうんです。別にスターでもないのに、自慢話にみたいに見えたら嫌だなと思ったり。でも、結局は商店街に、大人たちに溺愛されたという自慢話になっちゃったんですけどね(笑)。
――子供時代のことをここまで詳細に覚えていらっしゃることに驚きました。
40年くらい前の古い記憶ですけど、家族や商店街の話は、20代の頃からお友達や知り合いに散々喋ってきたんです。今でも叔母たち相手に「あれ、面白かったよね」と当時のことをよく話しているので、思い出すのに苦労はしなかったですね。
友人宅で「舌平目のムニエル」が出てきて驚いた高校時代

――主に昭和50~60年代のお話だと思いますが、『男はつらいよ』の寅さんや『サザエさん』、『ちびまる子ちゃん』を想起させるような、もっと古い昭和の話に感じられて、こういう親戚や地域の密な交流が東京でも残っていたのかと嬉しくなりました。
本当にそうですよね(笑)。今はもう少ないみたいですけど。
地元が独特だったという意識はなかったのですが、私は中学まで尾久の学校に通い、高校は杉並区にある学校に行ったんですね。荻窪界隈のお友達の家に呼ばれると夕食に「舌平目のムニエル」とか出てきて、だいぶ違うなと思いました(笑)。
――商店街の人々が顔見知りで、みんなで子供を育てているような環境は、子供の孤独や孤立が問題になっている今、コミュニティとして理想的なのではないかなと思いました。
私もそう思います。NHK連続テレビ小説『らんまん』で、長屋の差配人のりんさんという世話焼きの役をやりましたけど、なんの違和感もなくできました。長屋の井戸端でみんなで子供の面倒をみるみたいなことが、当時の尾久の商店街にはありましたね。
実家が商売をしていたので、両親は夜まで忙しかったけど、街のみんなの目があるので心配はなかったんですよね。
学校から帰って友達と遊んで、晩御飯の時間になって友達たちが家に帰ると、一人で商店街の店に順番に入って、おじさんやおばさんとおしゃべりしてました。焼き鳥屋さん、乾物屋さん、ブティック……と15分ずつくらい話しては「はい、またね」と隣の店に移るというのを日課にしてました(笑)。

――子供をちゃんと相手にする商店街の方々も素敵ですが、物おじせず大人と話せる安藤さんもすごいと思います。大人と何を話していいかわからない子供も少なくないと思うので。
リアクションが良かったんだと思います。大人の話を「うん、うん」って聞いていましたし、あと誰に対しても、ものすごく生意気でした(笑)。
焼き鳥さんに行って「食べたいって言ってもどうせくれないんでしょ!」と言ってみたり。「(食べたいなら)お金もっておいで」と言われて「ないよ!」と返すような。
駄菓子屋のおばさんには「私、ちょっと人間関係に疲れているの」と言って、小学生のくせに疲れているフリをしてました(笑)。大人を面白がらせるのが好きだったんだと思います。
――そんな面白い子だったら、大人にすごくかわいがられたと思いますが、本書の中で、「たまちゃん」とかわいい風に呼ばれる「玉恵」という名前が苦手だったと書いてあり、意外でした。
丸くてかわいいみたいに扱われるのは嫌なんです。もっとシャープな名前の方が良かった。
子供の頃は、みんな気安く頭を撫でたりするので、「たま」という猫みたいな名前だからそうされるのだろうと思っていました。
中学生の時には特に嫌で、勝手に「安藤ひまわり」に改名して、バスケ部では「ひまわりと呼んで」と言ったんですが、誰も呼んでくれませんでしたね(笑)。
2025.06.19(木)
文=黒瀬朋子
写真=平松市聖
ヘアメイク=大和田一美
スタイリング=Kei(salon de GAUCHO)