近江商人の町屋と洋風の街並みが交差する、滋賀県近江八幡市。日本の近代洋風建築を代表する建築家のひとりW.M.ヴォーリズが、ここ近江八幡を拠点に活動したことから、この地域には、多くの洋館が立ち並びます。

 彼が手がけた洋館「ウォーターハウス記念館」は、2009年に国登録有形文化財になり、2023年から1棟貸し宿として宿泊の受け入れを始めました。住む人を思ってつくられた建物で、快適な暮らしを体感できます。ヴォーリズ建築の住人として、ここを拠点に街歩きを楽しみ、大切な人たちと、にぎやかな時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。


「山の上ホテル」など国内1,600近くの建築に携わったヴォーリズ

 W.M.ヴォーリズは、1905(明治38)年に英語教師として来日後、キリスト教の伝道師、建築家として活躍しました。近江八幡を拠点にメンソレータム(現・近江兄弟社メンターム)を日本に輸入し、療養所や教育の場を開くなど数々の活動を展開しながら、国内1,600近くの建築に携わりました。東京・御茶ノ水の「山の上ホテル」(現在は休館中)や、大丸心斎橋店、関西学院大学などの建物を手がけたことで知られています。

 今回宿泊した「ウォーターハウス記念館」は1913年、ヴォーリズとともに伝道活動をしたウォーターハウス一家が居住するために建てられました。3階建て11室、暖炉と煙突があるアメリカの伝統的な建築様式「コロニアルスタイル」の住宅で、ハリウッド映画のホームパーティーシーンを彷彿とさせます。

 住宅として使われたのちには「近江家政塾」という地域の女性の学びの場となり、昭和になると女学校の校舎として使用されてきました。

 その後も大切に保存され2009年にはレンガ作りの門と、建物が有形文化財に登録されました。2023年から次世代へ継承するため、宿泊の受け入れを始め、ヴォーリズ建築に宿泊ができる貴重な宿へと生まれ変わりました。

 館内には5つの暖炉がありマントルピースで装飾されていますが、それぞれ異なるデザインで設えています。それは、ここがモデルルームの役割も果たしていたことからだそう。これからヴォーリズに建築を依頼しようと考える人が、この家を訪れ、さまざまな仕様のマントルピースを見比べては悩む姿が目に浮かぶようです。

 住む人を思い、健康的な暮らしを意識したヴォーリズ建築は、風通しや日当たりのよさを重視しています。こちらのサンルームは、大きな窓から日光が降り注ぎ、明るく華やかな気持ちをもたらします。

 ウォーターハウスの妻・ベッシーとヴォーリズの右腕の吉田悦蔵の妻・清野は、ここで西洋料理の教室を開き、次第に近江家政塾という女性の学びの場に発展していきました。館内1階の「喫茶室 メレルの庭」では、当時のレシピを再現したスイーツや料理を味わえます。

 「クッキース」と呼ばれたクッキーや、サイダーでつくった羊羹「サイダー羹」など当時のままのスイーツは、素朴な味わい。やさしい甘さのスイーツを味わえば、当時の女性らがここで料理を学んで試食して、微笑んだ姿が想像できるようです。

2025.06.24(火)
文・写真=神谷加奈子