ポテンシャルの高い選手の引退を何度も見てきた

――男子と女子での練習環境の違いはあるのでしょうか。

村上 トップカテゴリーはほぼ平等ですね。ただ、素質はあるのにトップに行くまでに挫折してしまう選手が、女子の方が多い傾向にあるんじゃないかなと感じています。

 難易度の高い技に挑戦しようとしても、なかなか成功しないと「私には無理」と諦めてしまう。そしてこれ以上上手くなれないと見切りをつけてしまうんです。「もったいないな」と思う選手が引退するのを何度も見てきました。

――指導者として、そんな選手たちをどう率いていくのでしょうか?

村上 私はモチベーターになりたい。だから、すぐに答えを言うのではなく、選手自らが考え行動に移せるような指導をしていこうと思っています。選手にはタイプがあって本能で動く野性的な選手、あるいは感覚を大事にする人、理屈で納得する人……。それぞれに合せた言葉がけをするつもりです。

感覚を言語化することの壁に「ぶち当たっています(笑)」

――体操は瞬時の判断の連続。トップ選手だった方は指導者になってから感覚を言語化するのに苦労されている印象もありますが、村上さんはいかがですか?

村上 まさに今、その壁にぶち当たっています(笑)。私が現役の時は、自分の頭の中に自分の体があって、それを操っているような感覚で動いていました。でも今は、指導する選手の体を自分の頭の中に入れ込まなくてはならない。頭の中に3人いるというか……。

 頭の中にいる選手の体を、さらに頭の中の自分の体に落とし込んで、それをカンペキに操れるようになれば、的確なアドバイスができるようになるんじゃないかと思っています。

――「指導する選手の体」「自分の体」「体を操作する自分」の3つが頭の中にいる、と。

村上 言っていること、伝わりますかね? こういうことを言うと選手にも「は?」とか言われてしまうんですけど(笑)。

種目別ではなく、団体の強化を目指す理由

――(笑)。そもそも、種目別でメダルを狙うのではなく、なぜ団体の強化を目指すのですか?

村上 団体でメダルが獲れるような強化をした方が、個々の選手の能力の底上げが出来るんです。もちろん、4種目それぞれのスペシャリストを育てるという方法もありますが、ただそれだと一人が失敗したときに取り返しがつかなくなりますよね。プレッシャーがかかる五輪のような大舞台では、ミスは少なからず起きます。それよりはオールラウンダーを育てた方が勝利の確率は高まります。

――なるほど。

村上 それに、団体だとチームのために頑張るというモチベーションが湧き、実力以上のパフォーマンスを発揮することもあるんです。皆が同じ方向を向いて、「自分のミスはチームのミス」「チームのミスは自分のミス」という考えが生まれるまでに融合すると、個々のパフォーマンスもグンと引きあがっていくんですよ。

 これまで体操女子は自分のことで精一杯で、チームに対する意識が薄かったからメダルに辿り付けなかった。私は選手のベクトルを同じ方向にビシッと揃え、その上で技術力を磨いていきたい。

ロス五輪では女子もメダルを狙う

――パリ五輪では男子団体が最後に中国を抜いて逆転金メダルを獲得したのも記憶に新しいです。

村上 理想的だったと思います。みんながチームのために、実力以上の力を出して逆転した。岡(慎之介)選手は個人総合でも金メダルを獲得しましたが、団体の結果の影響は少なからずあったんじゃないでしょうか。団体を強化することで、選手の個々の能力も伸ばしていける。そう確信させてくれましたね。

 時間はないですが、ロス五輪では女子も団体でメダルに挑戦しますよ。

撮影=松本輝一/文藝春秋

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2025.05.30(金)
文=吉井妙子