第三話「幽霊さわぎ」は本ではなく錦絵が主役で「書入れ」というひとつの文化が描かれる。それは本来読物に歴代の持ち主が書き込んだ注釈のことでよくある落書きとはわけが違う。書かれた文字は本の一部となり新たな読者への道標となるのだ。今でもさまざまな書入れは「マルジナリア」と呼ばれ一部ファンにとってはたまらない宝物となっているようだ。気になる方は山本貴光著『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』(本の雑誌社)をどうぞ。誰かが書き込んだ文字、それをたどる本の旅、唯一無二の存在、それが「書入れ本」なのだ。

そんな書入れが施された美人絵を手に入れたおせん。モデルはあまりの美しさに亭主が家の奥に囲い込んでほとんど誰もその顔を見たことがないという美しき女将。その亭主の頓死と通夜の伽での手代と女将の房事。そこから起こったよみがえりと幽霊さわぎ。我らがおせんが解き明かす、書入れの秘密と幽霊の謎。大人気の錦絵への書入れに込められた思いが切ない。
幻の源氏物語「雲隠」をさがす恋物語も
第四話「松の糸」は全五話の中で一番軽やかで一番清々しい。「うぶけ八十亀」という名古屋人ならちょっと反応してしまいそうな名前の刃物屋の、惣領息子の恋のから騒ぎ。名の知れた色男公之介が惚れたのは料理屋の出戻り娘お松。誘いに乗らないお松が出した一緒になる条件がなんと源氏物語の幻の書「雲隠」を探してくれたら、というもの!
この「雲隠」というのは源氏物語の「幻」と「匂宮」の間に存在すると言われているが誰も見たことがない幻の帖なのだ。この世にないものを探してくれたら一緒になるなんて、まるで竹取物語ではないか! とワクワクしながら読んでいくと、どうやら探しているのは亡くなった元夫による「雲隠」の写本だという。恋煩い中の公之介に捜索を頼まれたおせんは人脈をフル活用して調査を始める。
もしも幻の「雲隠」が手に入ったら大儲けだという下心もありつつ、本当に写本が存在するのなら一目見たい読んでみたい、という本好きの虫も騒ぎ出す。気になりすぎて夢に光源氏まで出てきちゃったというのだから相当だ。でもまぁ、そりゃそうだろう。そんなものがあるのなら源氏ファンならずとも読みたくなるってもんですよ。
そしてこの雲をつかむような探し物の探し方にも注目されたし。人が亡くなったとき、その持ち物はどうなるのか。ゴミとして捨てるものもあるし、今でいうリサイクルに出すものもあるだろう。では、本はどうするか。まぁたいていは古本屋、書肆、好事家に売るだろう。おせんも当然そう考える。けれど、本に全く関心のない人が本を処分するなら……。
なるほどそっちか、と妙に感心してしまった。さて「雲隠」の写本はあったのかなかったのか。その結末と共に、夫が亡くなったあとその両親に追い出されたお松が夫の遺した写本をどうしても取り戻したかった理由、そして公之介とお松の恋のから騒ぎの顛末をどうぞお楽しみに。
2025.05.27(火)
文=久田かおり