畠中恵さんの時代小説「まんまこと」シリーズは、最新刊『ああうれしい』でついに10作目に! 累計165万部を突破した大人気作の誕生秘話をいま明かします。

◆◆◆

 このシリーズは私の作品のなかでも時の流れと物語の動きが速く、1作目『まんまこと』で22歳のお気楽な跡取りだった主人公・麻之助(あさのすけ)が、今や妻との死別や再婚を経て一子の父になったというのだから、我ながら驚きます。――と言いつつ、ありがたいことにすでに10作目。20年書き続けていることを考えると、彼らも、そして私自身もライフステージが変わっていくのは当たり前ですね。

 江戸は神田。町名主の跡取り息子・高橋麻之助は、大層呑気な若者である。

 10畳間の真ん中で布団を芋虫の形に膨らませているかと思えば、またある時はよその家の柿の木から実を一つもぐ。同い年、同じ町名主の跡取りで女たらしの悪友・清十郎(せいじゆうろう)と堅物の同心見習い・吉五郎(きちごろう)とは古い仲で、よくつるんでいる。それでも、町人たちから揉め事が持ち込まれれば、時に友の力も借りながら不思議と解決へ導いていく。

​ このたび上梓されたのは、シリーズ10作目となる『ああうれしい』。父親になり、少しは頼もしくなった麻之助の腕が光る(?)6編が収録されている。

 町名主の仕事の一つは、奉行所に持ち込むまでもない些細な悩み事を聞き、解決することです。「些細」と言っても、そう見えることほど当人にとっては重要だったりしますよね。今回も猫がいなくなったり、簪(かんざし)が消えたり……。

 麻之助は、そのお気楽ぶりから跡取りとして町の人々に心配されることも多いですが、実はじっくり物事に向き合い、何とか解決しようと最後まで奔走する顔も持っている。勘違いやとばっちりで父や町人に叱られても決して逆上せず、「あの、何でだ?」と緩やかにかわします。

 人は様々な側面を合わせ持っているもの。一見お気楽でありながら人想いで切れ者の彼のような人物は、案外いい町名主になれるのではないかと思うんです。

2025.05.14(水)
文=畠中 恵