江戸の女性は一人で食べていかれるか?

「まんまこと」の魅力の一つは、「物語やキャラクターが読む人の人生に寄り添ってくれるところ」とも言えるだろう。江戸と現代のちがいこそあれど、彼らも私たちと同じように結婚や仕事選び、相続や子育てに悩む。

 江戸の日常を掬い取って描いたり、現代とはちがう約束事を紹介するのもまた面白くて。今回、「縁談色々」という1編の中で書きましたが、当時はとにかく女性が働きにくい時代。「女性が一人で食べていくには?」と考えたとき、結論は「簡単には食べられない」なんです。だいたいどのような職業にも株仲間や座といった「仲間」制度が存在していて、女性だとまず入れてもらえない。枝豆や糊を売り歩く人の中に女性もいたようですが、仕事の選択肢は本当に限られていました。

 スポットを当てたのは、2度亭主を亡くし、3度目も破談になったことから「一人でも食べていける力が欲しい」と願う女性の仕事探し。彼女が選んだのは、女性の“職業すごろく”の「あがり」と言っていいものかもしれません。あがれるのは、ここくらいしかない。最終的に何を選んだのか、ぜひ想像しながら読んでいただきたいです。

「まんまこと」では、毎度ものすごく大きな出来事が起きるわけではありません。それをやってしまうと、私自身も読者の方も疲れてしまうのではないかと思うから。自分と似た立場の人が出て来て、似たできごとを経験する。そこに自らを重ねたり、こういう頃もあったなと微笑ましく見守ったり。そんな風に読んでもらえる作品にしたいと思っています。

 表題作の「ああうれしい」は、まさにその点で大切な1編になりました。不惑をとうに過ぎた高名な料理屋の主(あるじ)が、「自分に『ああ嬉しい』と思わせてほしい」と麻之助に大真面目に頼み込みます。自分が一代で築き上げた店には跡取りもおり、番頭たちも立派に育っている。「苦労して苦労して、やっと好きな事もやれるって時」に、旅に出ても芝居に通っても楽しいと思えない、苦しくてたまらないと吐露します。

 若い頃に何かに打ち込み、ある程度歳を重ねて「さて次は何をしよう」と思ったとき、人は何を想い、どう動くのか。自分も年齢が上がってきたからこそ、このようなテーマに興味を持つようになりました。

2025.05.14(水)
文=畠中 恵