玄関先で町人たちの悩みを聞くお仕事小説

 思えば20年前、物語がどう続くか自分でもわからない中で書き始めました。デビュー作『しゃばけ』は、江戸の“人ならぬもの”を書いたファンタジー色の強いものだったので、次はごく普通の市井ものを書きたいと思っていました。

 特にテーマを決めずに資料を読んでいたところ、町名主は自分の屋敷の玄関先を開放し、訪れた町人たちの悩みを聞いていたことを知って、「これを書いてみよう」と。それからは町名主の仕事に焦点を絞り、お金はどこから出ているのか、どうやら副業はいけないらしいなどと調べを進めていきました。

 でも、屋敷の間取りだけはなかなか出てこなくて……。20年前も今も、読者の中には江戸時代が好きで詳しい方がたくさんいらっしゃるので、あまり外れたことを書かないよう、日々勉強です(笑)。結局、仕事をする玄関は土間+6畳間くらいだと結論づけたのですが、次々やってくる町人たちを迎え入れるには狭く感じますね。

 実際、資料には日常生活ほど載っていないんです。特別な行事の記録はあっても、何時に行水していたか、赤ちゃんのオムツはどうしていたかなど、日々の暮らしについては見つからないことも多い。当時を生きる人々にとっては、書き残すまでもないことですものね。

2025.05.14(水)
文=畠中 恵