文化年間の江戸。女手ひとつで貸本屋を営み、高荷を背負って江戸の町を巡るおせん。坂木盗難や幽霊騒ぎ、幻の書物探しなど読本に係わる事件に立ち向かう、異色の「ビブリオ捕物帳」――『貸本屋おせん』シリーズ。

デビュー時から話題沸騰、いま歴史時代作家業界で再注目の著者による本書が、ついに文庫化、発売即重版となりました! さらにシリーズ2作目となる『往来絵巻 貸本屋おせん』も5月14日に発売です。

2冊の刊行を記念して、文芸書評などでも活躍する精文館書店中島新町店の書店員・久田かおりさんによる、『貸本屋おせん』文庫解説を全文公開します。本書の魅力をぜひ堪能してみてください!
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江戸のメディア王蔦屋重三郎が主人公の2025年NHK大河ドラマ「べらぼう」にも出てくるが、貸本屋というのは江戸時代に始まった見料を取って本を貸し出す商売で、1960年代初頭までは続いていたらしい。今で言うレンタルコミックの先駆けである。日本の識字率は世界に類を見ないほど高かったという説もあるが、確かに江戸時代に庶民相手の貸本屋が成り立つくらい文字を読み、本を楽しむ人が多かったのだろう。横浜流星演じる「べらぼう」蔦屋重三郎は高荷を背負って店を訪れ吉原の女郎相手に、相手の好みそうな本を見繕って貸し出している。「読書」は苦界に生きる女たちにとっていっときの現実逃避だったのかもしれない。
高瀬乃一とは何者なのか
そんな蔦重もちらりと出てくる『貸本屋おせん』は文化年間の浅草を舞台にした「ビブリオ人情捕物帖」だ。作者の高瀬乃一は第一話として収録されている「をりをり よみ耽り」で第100回オール讀物新人賞を受賞しこの連作短編集でデビューした。その後も、来世の地獄か今の欲かを選ばせるファンタジックかつブラックな『無間の鐘』(講談社)、ミステリ仕立ての医療時代小説『春のとなり』(角川春樹事務所)、そして幕末を舞台に時代の波に飲まれていく下級幕臣を描いた『梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗』(新潮社)と、趣の違う作品を発表し続ける期待の時代小説家だ。
『貸本屋おせん』は2023年本屋が選ぶ時代小説大賞にノミネートされたが、残念ながら大賞は逃している。実はその選考委員として不肖私も参加させていただき、選考会の会場で最初から最後まで、ただただひたすらにおせんを推し続けておりました。「本屋としてこんなに本への愛に満ちている小説を推さずに何とする!」と。今回その「おせんLOVE」がご縁で解説依頼につながったのかも知れないですね。僭越ながらおせんの魅力をお伝えできたら、と思っております。
2025.05.27(火)
文=久田かおり