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 モデルとして活動するほか、フリーマガジン『EA magazine』の編集長を務めるなど、クリエイターとしても幅広く活動する山本奈衣瑠。2019年に俳優活動をスタートし、2022年公開の『猫は逃げた』で主演に抜擢。2024年には『走れない人の走り方』『SUPER HAPPY FOREVER』をはじめとした主演・メインキャスト作5本が公開され、俳優賞を受賞するなど、映画界でも注目を集めている。演じた中には、山本さんの魅力的なキャラクターからインスピレーションを受けて書かれた役柄も多い。

 「自分がやってみたら、どうなるんだろう?」という思いから俳優を始めて5年目。一つの節目が訪れたいま、これまでを振り返りながら、だんだんと「俳優」という肩書きがフィットしてきたという気持ちの変化や、モデルと俳優のそれぞれの仕事のおもしろさについて、じっくりと話を伺った。

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今は俳優って肩書きを少しずつ着こなせるようになった。

――2019年に俳優活動をスタートされて、現在は主演も数多く務められています。俳優を始めた頃のことを思い返すといかがでしょうか。

 始めたばかりの頃は、肩書きに「俳優」という文字が載ることが全然しっくりこなくて。モデルの仕事の方が圧倒的にキャリアとして長いし、俳優という仕事をしている感覚が薄かったんです。遊び感覚という意味じゃなくて、「これは本当に私の仕事なのか?」みたいな。自分の中でストンと腑に落ちていないというか。

 でも、映画の世界で長く仕事をしている人たちと一緒にチームとして何度か働くようになって、これは仕事として認識していいんだ、肩書きに俳優って書いても大丈夫なんだと思えるようになりました。いいんだよ、一緒に働いてんだからって、言ってもらっているようで。時間はかかったけど、今は俳優っていう肩書きを着こなせるようになったかな。

――本格的に俳優としての手応えを感じられるようになったのは、どの作品がきっかけでしたか?

 2022年に公開された今泉力哉監督の『猫は逃げた』ですね。映画の主役のオーディションがあって。今泉監督の作品はそれまでも観ていて、有名な俳優さんも出演している作品をたくさん手掛けている映画監督が主演のオーディションをするってどういう感じなんだろう、チャレンジしてみよう、と受けに行ったら合格しました。

 連絡をもらった直後はうれしい気持ちが100万点。でも、共演者を見て「え、めっちゃ映画出てる人たちやん!」ってなって(笑)。最初の打ち合わせのときにも、周りはテレビで見たことがあるような人たちばかり。一気にすごく不安になっちゃったんです。

――経験が多くない中で、主演のオーディションを受けるのはきっと勇気がいることだと思います。

 お芝居のクオリティを保証することも、多くの観客を呼ぶこともまだできない。私はこの映画に対して何ができるだろう、って考えてしまって。

 SNSもそうですけど、数字で見えるものが増えると、その人や作品自体というよりも数字で評価されてしまうことがあるじゃないですか。映画の仕事は特に作品の興行成績が数字でわかりやすく出ますし、それが関わる人たちの今後の選択にも関わってきますよね。

 それで、今泉さんに「私、いままで何にもやってきてないんですけど、大丈夫ですか?」って言っちゃったんですよ。でも、今泉さんは「それが何ですか?」みたいな感じだったんです。否定もしないし、だからといってすごく推すわけでもなく。ただ、私がこの空間にいることは間違ってないんだよ、というのが自然と佇まいから伝わってきて。

 これまでの経歴や実績よりも、私の個としての存在そのものを肯定して、まっさらな私を選んでくれたこと、この映画にとって私が必要だと思ってくれたことが改めてわかって、すごくうれしかったです。それから「モデルも俳優もどっちもやりまっせ、何も諦めるとかないんですけど!」というバイブスになれたんですよね。

2025.05.19(月)
文=竹中万季
写真=佐藤 亘