「非認知能力はどこで手に入るのですか?」

「最もコスパとタイパがいい体験は何ですか?」

「どんな種類の体験をどれくらいさせればバランス良く非認知能力を伸ばせますか?」

「それらを詰め込んだ、幕の内弁当みたいな体験パッケージ(・・・・・・・)はありませんか?」

 ──ないならつくりましょう! そうして体験がコンテンツ化(・・・・・・)され商品化(・・・)され消費される。子育て世代が手にするスマホには、そういう情報が溢れる。体験が課金ゲーム化(・・・・・・)する。お金持ちほどお金をかけるので、費用や回数という意味ではますます格差が開く。

 学力(認知能力)のみならず非認知能力までもが、あるいは、お勉強のみならず体験までもが、教育における競争の対象になったわけだ。競争とはつまり、規格化され、評価され、比較され、序列化されることを意味する。

 企業を対象にした“人材育成”サービスにおいて、ビジネスパーソンとして求められる素養に「○○力」「□□力」「△△力」のようなあたかも“能力”と見える名称を次々つけて、それを測定するツールをつくって数値化し、不足している“能力”を伸ばすための研修が商品化されるのと同じだ。

 このままでは、体験を通した学びの喜びが根こそぎ奪われかねない。子どもたちの個性が“能力”に還元されて、序列化されかねない。子どもたちに“格差”が刷り込まれかねない──。教育ジャーナリストとして私は、それを危惧している。

 そこで本書は、「体験格差」という言葉の響きがもつ薄気味悪さを手がかりに、親たちを体験の詰め込み教育に駆り立てる「呪い」の正体に迫る。

 第一章では、体験ブームの背景を読み解く。第二章では、子どもが育つうえで本当に必要な体験は何かを探る。第三章では、「体験消費社会」とでも呼ぶべき状況のゆく先を見通す。体験格差解消を掲げて活動する団体の声も聞く。

 体験や非認知能力に対する誇大妄想を解きほぐし、子どもにかかわるひとたちの肩の荷と、子どもたちが感じるプレッシャーを、少しでも軽くしたい。

*非認知能力……やり抜く力、コミュニケーション能力など、テストでは測れない能力のこと。詳しくは一九ページ以降を参照。


「はじめに」より

子どもの体験 学びと格差 負の連鎖を断ち切るために

定価 1,045円(税込)
文藝春秋
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2025.05.01(木)