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「あれ?」…建物を見上げて気づいたこと

 そしてある休みの日。Kさんはようやく車でその地方の山に向かうことになりました。

 空は冴え渡るような快晴で、キラリと光る日差しも初春の暖かな午後を演出してくれていました。正直言って、あまりにも天気が良すぎて、これでは怖い雰囲気や噂の子どもの人影など出てきてくれないのではという思いもあったそうです。

 人気の少ない山に入っていくと、陽光に照らされて青々と輝く生い茂った山の斜面に、薄汚れたコンクリートの建物が2棟ほどそびえ立つその集合住宅が見えてきました。

「近づくと結構、雰囲気あるな」

 車を停め、トランクからキャンプギアを詰め込んだバックパックを取り出して担いだKさんは、「いよっし!」と一声入れてから早速廃墟に向かいました。

 ヒョロロロ……ヒョロロロ……。

 廃墟の周辺はとても静かで、遠くからかすかに聞こえるトンビの鳴き声以外に物音はしませんでした。

 良い気分で足を踏み入れた1階のフロアは広々とした待合室のような空間で、特に落書きもされておらず、廃墟としてはきれいな部類でした。窓はすでに取り払われているようで、差し込む外の明かりに照らされた土埃が室内に音もなく舞っていたのが印象的だったそうです。

 あまり中高生の肝試しスポットとしての知名度は高くないみたいだな——そう思いながらKさんが懐中電灯で暗がりを照らしながら探索を進めていくと、待合室の向こうに大きな中庭が見えました。

 行ってみると、中庭を取り囲むように各部屋がズラリと上に伸びており、Kさんは改めてこの廃墟の広さを感じたと言います。

「あれ?」

 建物を見上げていたときに、あることに気がつきました。各部屋にドアが取り付けられていないのです。

 7階建ての建物にはドアのない灰色の暗がりがまるでパックリと開いた口のように並んでいました。

「こりゃ建設途中でやめちゃった感じ——」

 コォォーーン。

 突然、3階付近から何かがぶつかるような音が響きました。

後篇に続く)

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2025.05.05(月)
文=むくろ幽介