インスピレーションの源は、2018年に出版されたフランスの小説『Écoute』。だが、ジャック・オーディアール監督の興味を引いたのは、その中に出てくる、女性になりたいと願っている麻薬王だった。このキャラクターにもっと何かやらせてみたいということ以外に決めたのは、オペラの形で語ること。「この映画について今聞かれるのと、4年前に聞かれるのでは、僕の答は全然違っているよ」と、オーディアールは話す。
キャスティングする中で気が付いたこと
「制作している間、新しいことが次々に浮かんでは、僕自身を驚かせてくれた。これは決して複雑な映画ではないが、矛盾がたくさんある。それに、二重の人生を送る話でもある。ふたつの人生を送ることの代償は何なのか。主人公の麻薬王マニタスは、真の自分に正直に生きようと決め、エミリア・ペレスとなる。そのために愛する子供たちと決別する。だが、彼はわが子なしでは生きられなかったんだ」(オーディアール)
キャスティングをする中での発見もあった。

「恥ずかしいんだが、最初、僕は大きな間違いをしていてね。エミリアは30歳くらい、弁護士のリタは25歳くらいに設定していたんだ。だが、カルラ・ソフィア・ガスコンとゾーイ・サルダナに立て続けに会って、気づいた。25歳だと、まだ人生経験がない。40歳のメキシコの女性弁護士だと、人生を諦めかけている。そこにドラマがある。このふたりの女優が、脚本を正しくしてくれたのさ。ただ、セレーナ・ゴメス演じるジェシーは最初からあの年齢だ。ストーリー上、ジェシーは若さを感じさせる女性でなければならない」(オーディアール)

主要キャストの中で最後に決まったゴメスも、自分のキャラクターがメキシコ人女性ということと(アメリカ生まれのゴメスはこの役のためにスペイン語の特訓を受けた)、オペラのようになるということしか知らず、それぞれのシーンを演じながら少しずつストーリーを知っていったとのこと。クライマックスシーンは、脈絡がわからないまま初日に撮影したという。

ダンスのコレオグラフィーも頻繁に変わり、何週間もハードなリハーサルをこなしてきたサルダナをショックに陥れることも。「ジャックはリハーサルを見にきたかと思うと、ここを変えよう、もっとここを足そう、などと急に言うのよ。『もっと前に言って欲しかった』とも思ったけれど(笑)、それもまた舞台劇をやっているようで刺激的だったわ。楽ではなかっただけに特別な体験になった」(サルダナ)
2025.04.08(火)
文=猿渡由紀