絵画に逸話は必要ない

 互いに視線を交わらせない登場人物たちによる「ディスコミュニケーション」の一瞬や、子供から大人へ変わっていく「通過点」にいる不安定な少女たち、身体は現にあっても精神は彼岸へと漂っている「眠り」。バルテュスは不穏な宙づり状態や移ろいゆく時の一断面など、危うく儚い「状態」や「関係」の一瞬を、画布の上で凍結し、顕現させようとしているように見える。そして画面の内に射しこみ、事物の「形」を明らかにして世界の理解へと導く近代理性の光、そして存在の神秘を啓示する神の恩寵の光が、自らを「宗教画家」と呼び、終生保ったカトリックの信仰を証している。

左:《鏡の中のアリス》 1933年 ポンピドゥー・センター (C) Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Philippe Migeat / distributed by AMF
右:《キャシーの化粧》 1933年 ポンピドゥー・センター (C) Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Jean-Claude Planchet / distributed by AMF
《美しい日々》 1944-1946年 ハーシュホーン博物館と彫刻の庭 (C) Hirshhorn Museum and Sculpture Garden, Smithsonian Institution, Gift of the Joseph H. Hirshhorn Foundation, 1966. Photography by Lee Stalsworth
《白い部屋着の少女》 1955年 The Pierre and Tana Matisse Foundation

 バルテュスはヨーロッパ絵画の歴史的文脈を確かに受け継ぎ、同時に反時代的、保守的なありようと、20世紀の思潮に発する革新的なありようとを渾然と両立させた画家だった。だからその生涯を彩る華麗なエピソードをいったん忘れて、まずは絵を見てほしい。「絵画に逸話は必要ない」という画家自身の言葉どおり、近代の絵画が目指したイメージそのものの表象性が、雄弁にその目指すところを語っているはずだ。

バルテュス展
URL http://balthus2014.jp/
会場 東京都美術館 企画展示室
会期 2014年4月19日(土)~6月22日(日)
休館日 月曜日
入場料 一般1,600円ほか
問い合わせ先 03-5777-8600(ハローダイヤル)

【巡回会場/会期】
会場 京都市美術館
会期 2014年7月5日(土)~9月7日(日)
休館日 月曜日 ※7月21日(月・祝)は開館
入場料 一般1,500円ほか
問い合わせ先 050-5542-8600(ハローダイヤル)

橋本麻里

橋本麻里 (はしもと まり)
ライター/エディター。1972年生まれ。明治学院大学非常勤講師。近著に『変り兜 戦国のCOOL DESIGN』(新潮社)、共著に『チェーザレ・ボルジアを知っていますか?』(講談社)、『恋する春画』(新潮社)など。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2014.05.24(土)
文=橋本麻里