「勉強中? えらいね!」

「ああ、ありがとうございます。朝の引き継ぎのときに、遠野さんに怒られちゃったので……」

「何かの処置って言ってたね。何がわからなかったの?」

「えっと……今日、三〇三号の岡田さんの尿道カテーテルを交換するんです。それで、カテーテルが留置されている根拠はわかったし、手技は勉強してきました。でも、二日前から尿量の測定が『一日一回』から『三時間に一回』に増えていて……その増えた根拠がわからないんです……」

「ああ、岡田さんの尿量測定か」

 私はバッグからおにぎりを、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り、北口の向かいに座った。岡田さんは四十代の女性で、下半身の麻痺があり自分で排尿ができないため、尿道カテーテルと呼ばれる尿を出す管が留置されている。そして、腎疾患をもっている。

 ちらっと見ると、北口は下半身麻痺の病気について読み直しているようだ。でも、慢性腎疾患の合併のほうに目を向けないと、尿量測定の根拠にはたどりつけない。

 何かアドバイスをするべきか……と逡巡していると、遠野が休憩室に入ってきた。売店までお昼ごはんを買いに行っていたようだ。

「あ、遠野さん。これ見てるんですけど、やっぱりわからないです……」

 北口が弱々しい声で遠野に参考書を見せた。

「あ~、そうね。それじゃ、わかんないよ」

 遠野は北口の隣に腰をおろし、袋からサンドイッチと缶コーヒーを取り出す。

「あのさ、北口は岡田さんのこと“下半身麻痺の人”っていう見方してる?」

 遠野は言い方がはっきりしている。ちょっと怖いかもしれない。でも、言いたいことが私にはわかった。

「患者さんって、疾患別のケアは当然考えなきゃいけないんだけど、ひとりの人間として、すみからすみまでしっかり同時に見なきゃいけないんだよ。下半身麻痺だけにこだわってると、ほかのことが見えなくなっちゃう。ちゃんと現病歴とか、既往歴とか、合併症とか、内服薬とか……そういうことをトータルで見ないと、患者さんの全体像はつかめないんだよ」

2024.11.08(金)