『イッツ・ダ・ボム』は大きく言って、次の要素の絡み合いからなっている。バンクシーが監督した映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』が体現するもの。日本のバンクシーと呼ばれるブラックロータスが体現するもの。時代が変わってもストリートでかき続けるライターのTEEL(テエル)が体現するもの。そして雑誌中心に活動するライターの大須賀アツシが体現するもの。ほかにも読解を誘発するさまざまなフックがちりばめられているが、本稿では以上の要素を順に考察していく。
二 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』は、『イッツ・ダ・ボム』のモデルとしてその通奏低音をなしている。第一部「オン・ザ・ストリート」の主人公である大須賀アツシが、第二部「イッツ・ダ・ボム」にはほぼ登場せず、むしろその著者であると読み取れることは、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の前半では撮影者であったティエリー・グエッタが、後半ではストリートアーティスト、ミスター・ブレインウォッシュとして主人公化していく展開の正確な反転である。『イッツ・ダ・ボム』自体はフィクションと言えるが、その第一部と第二部の関係を、小説内の現実と小説内のもうひとつの小説と捉えた場合、両者の境界はあいまいであり、ここでも、やはり全体としてフィクションとノンフィクションの境界があいまいな『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の構造が反復されている。
また第一部の終盤、ストリートアートを専門とするフォトグラファーの大宅裕子が、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』について、ミスター・ブレインウォッシュが先行世代のストリートアーティストの作品価値を破壊する映画だと評する場面は、第二部の終盤、ブラックロータスがTEELとの会話で「一度、今のグラフィティをぶっ壊そうと思った」と述べる場面にエコーする。バンクシー、グエッタ、ミスター・ブレインウォッシュをめぐる三角の鏡像関係にブラックロータスが重なり、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』を『イッツ・ダ・ボム』がオーバーライトするようだ。第二部の三つの章題は『ワイルド・スタイル』『スタイル・ウォーズ』『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』というストリートアートを代表する三つの有名映画のタイトルになっており、各章の展開が、各映画が体現する内容(青春、闘争、メタ視点)と一致することも優れた目配せである。
2024.10.04(金)
文=大山エンリコイサム