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 2024年9月に公開される『ぼくのお日さま』は、サン・セバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞した新鋭・奥山大史監督の商業デビュー作。吃音のある少年・タクヤと、フィギュアスケートを練習する少女・さくら、コーチで元フィギュアスケート選手の荒川が織りなすひと冬の物語です。今年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に正式出品され、8分間ものスタンディングオーベーションを受けました。

 奥山監督と、池松壮亮さん演じる荒川の同性の恋人役・五十嵐を演じた若葉竜也さんに、撮影現場の様子や映画の中で好きなシーンについて伺いました。

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「自分のための映画だ」と感じる、余白の仕掛け

――今作はスケートリンク以外を北海道で撮影されていますが、登場人物は方言で話しません。どのような意図があるのでしょうか。

奥山 地域も時代設定も、特定したくなかったんです。東京じゃなさそう、北の方だろうけど、どこか海外にも見える。昔に見えるけど、現代か、はたまた遠い未来かもしれない。そんな世界観を目指したいこともあり、方言は使いませんでした。

――今作は、説明しすぎず余白から得る物語が多いのも魅力的でした。奥山監督は好きな映画にセリフがほとんどない『赤い風船』(アルベール・ラモリス監督)を挙げていますが、脚本で意識したことは何ですか?

奥山 説明を重ねれば重ねるほど、想像力を働かせるきっかけがなくなって、どこか他人事に感じられてしまう気がするんです。なので、台詞で説明しすぎずに「この人物は何も喋ってないけど、気持ちが分かる気がする」と思える部分を残したいなと。そういう余白を意図して作って観た人それぞれの自由な思考で埋めてもらうことで、「これは自分のための映画だ」と感じてもらいたいなと。

 五十嵐役を演じられた若葉さんは、まさにその余白の表現が素晴らしくて、選手時代の荒川の写真を眺める目には、「かっこいいな」だけではない感情がありました。「俺が見たことない顔してる」「こんなとこで俺といるべき人なんだろうか」などなど、観た人それぞれが感情を汲み取りたくなってしまう目をしています。僕が脚本に書ききれなかった五十嵐の思いを若葉さんがお芝居で補完してくれて、五十嵐という役の背景を加えてくださったと思っています。

若葉竜也が演じた五十嵐という役柄

――五十嵐は軽薄そうな雰囲気を持ちつつ、親の意志を継ごうとする部分もある魅力的なキャラクターですね。若葉さんにとって、五十嵐はどんな人物ですか?

若葉 五十嵐は、この映画の登場人物達とは対照的に、流ちょうに言葉を重ねられる人物像なんです。それが故に、本質的なことが伝わらない瞬間もあるんじゃないか。思ってもないことを言ってしまうんじゃないか、と考えました。

 しゃべれるから伝わる訳じゃない。しゃべれないから伝わらない訳じゃない。人間はもっと複雑な生き物だと思います。なので五十嵐はしゃべれてしまうからこその苦悩をもった人だという想像をしました。

奥山 五十嵐の髪って、光に当たると赤くなりますよね。そういうところも若葉さんが考えてくださいました。五十嵐という役と真っ直ぐ向き合ってくださったからこそ出てきた表現だなと感じました。

若葉 そうでしたね。最初は時代がわからなくなるような、すごく明るい茶髪にしようと思ったんですけれど、染めてみるとちょっと違う気がして。「こんな色はどうですか」と監督に連絡しながら、あの色に落ち着きました。

2024.09.20(金)
文=ゆきどっぐ
写真=細田忠