この第IV部には、沈没する潜水艦から脱け出して救出された生存者二名と、戦後、引き揚げ作業にあたった技師と、浮揚した艦内に入り込み、生きたままのような状態で保たれていた死体の写真を撮影した新聞記者の証言が並んでいる。浸水しなかった完全密閉の一室で酸素がなくなり、低温で保存されていた遺体は九年後の引き揚げによって、戦後の空気のもとにさらされた。死体はみるみるうちに変色し、荼毘に付されたが、撮影された写真は死者たちのことばにならない無念を語り続ける。

 最初の問いに戻ろう。証言者たちが重い口を開いたのは、なぜか。あえなく潰え去るとしても、彼らは戦争という巨大な歯車のなかで、心と身体に深い傷を負いながらも、黙々と職務に励んだ。そうした証言者たちへの敬意と、亡くなった人々への憂愁の思いを、吉村昭が身をもって呈していたからだろう。それは話術の妙などではなかった。

 半世紀のときを超えて、ふたたび証言者たちは甦った。現実の戦争をめぐる報道が飛び交う一方で、戦争が比喩やイメージで語られる二一世紀の日本において、本書の価値はきわめて高いと思う。

注 吉村昭『戦艦武蔵ノート』(図書出版社、一九七〇年)より。

戦史の証言者たち(文春学藝ライブラリー)

定価 1,430円(税込)
文藝春秋
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2024.08.11(日)
文=紅野 謙介(日本近代文学研究者)