その後も彼らのファンだと言うアイドルとのやりとり、新曲についてのインタビューなどがあり、番組としては異例の好待遇だった。
「最後に、じゃあ転売って一言で言うと何?」
司会者が抑揚のない声で訊ねる。
「今ですね。良い悪いじゃなくて、転売は今でしかない。反対意見があるのももちろんわかるけど、でもそれだっていずれ過去になっていく。だからこそ、今はこれが今なんです」
「それではスタンバイお願いします」
イントロを聴いただけで生演奏だとわかる。出演者が座るひな壇から観覧席まで、スタジオ全体が一気に熱を帯びてくる。バンドは迫力の生演奏で、あっという間にフルコーラスを歌い切った。尺は二分半のテレビサイズ、セッティングの手間や音声トラブルを避けるためにほとんどが当て振りの音楽番組において、これも異例の待遇だ。バンドそのものから上質なプレミアが滲み出ていて、それが羨ましくてしょうがない。
「最後は初登場、GiCCHOでーす。それにしても凄い名前だね。これ横文字じゃなかったら完全にアウトだよ。いや横文字でも十分やばいけど」
台本通りの話題だ。思わず力が入る。
「あ、それに関してはちょっと言いたいことがあって、俺左利きなんですけど、子供の頃から周りの大人にそうやって言われることにずっと違和感があって。そういう違和感をぶつけていきたくて、バンド名にしました」
「へー。でもそれで名前が以内右手っていうのも面白いね。もしかして他のメンバーも全員左利きだったりして」
これも台本通りだった。それなのに、メンバー三人は苦笑いを浮かべながら首を横に振るのが精一杯で、まったく使い物にならない。
「右手を使うか左手を使うかってだけで、そこに自分の本質はない。ただ左手を使ってるってだけで、真ん中から外れてまるで自分が標準じゃないような気分にさせるあの言葉に違和感を感じるし、だったら逆にその標準を名乗ってやろうって」
「へー。じゃあそろそろスタンバイお願いします」
さっきまでこちらを向いていたカメラがパッと散っていく。歌い始めると、ただでさえ短いテレビサイズが一瞬で終わった。
「改めて、初出演、どう」
エンディングで出演者の列の端に加わるや否や、司会者から質問が飛んだ。突然のことで焦ってしまい、最高でしたと大声を上げるのが精一杯だった。
徐々に“転売”に惹かれていく以内を待ち受ける展開とは?
続きは、単行本『転の声』(尾崎世界観著、文藝春秋刊)にてお楽しみください。
転の声
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2024.07.21(日)