本書の第一話「東叡大王」では、捕縛された極楽組の頭領・極大師が江戸に護送され、水戸家の蔵屋敷に造られた座敷牢に入れられる。極大師は、尋問に来た光國に「全国の反幕の士、賊、侠客の、顔、名、出自、生業」などが頭に入っているというが、それが真実なのか、真実であるとしても何らかの謀略が隠されているのか判然としないだけに、二人のやり取りには裏を読み合う静かながら息詰まるサスペンスがある。極大師は朝廷を巻き込んだ謀略の存在を臭わせるが、これは後水尾天皇(退位して院になった後も)が朝廷、公家への統制を強める幕府に抗った史実をベースにしている。このモチーフは、五味康祐『柳生武芸帳』(未完)、隆慶一郎『花と火の帝』(未完)などでも用いられているので、興味がある方は本書と読み比べてみて欲しい。

 続く「八王子千人同心」では、豊臣秀吉に関東へ国替えさせられた徳川家康が、召し抱えていた甲斐武田家の遺臣を八王子城下の警固に当らせたことに始まり、その後、やはり武田家に仕えていた大久保長安の発案で増員し成立した八王子千人同心の千人頭・石坂正俊が、江戸城内で道に迷い違う部屋に入ったため十人の千人頭全員が「躑躅の間」詰めから「御納戸前廊下」詰めへ降格させられた史実が描かれる。だが作中で指摘されているように、千人頭が道に迷うのも、その後の処分も不可解なのだ。著者は、正俊の事件の裏を独自に解釈して歴史を読み替え、家康の側近になるも公金横領で処分された長安とその一族、禁教令による弾圧が続く切支丹ら、幕府に叛旗を翻す可能性がある集団と、汚い手を使ってでも反幕組織を抑え込もうとする幕府との暗闘を浮かび上がらせていく。

 再び江戸を焼き尽くしインヘルノに変えようとする敵に対し、光國は困窮する浪人を集めて幕府転覆を目論んだ由井正雪の名を冠した絵図を参考に、敵の動きを推察しようとする。江戸は何度も火災の被害に遭っているだけに、敵の付け火が成功するのか、失敗するのかが史実を知っていても読めず、終盤に向けた緊迫感は圧倒的である。

2024.07.19(金)
文=末國 善己(文芸評論家)