「ベンチャー企業って、構造としては完全にヤンキーごっこ」
「港区を知り尽くした男」、麻布競馬場が見つめてきたここ20年ほどのスタートアップやベンチャー界隈の知見が随所にちりばめられ、とことんリアルで解像度の高い描写や分析が物語に堅牢な骨格を与えています。その知見の一端は、たとえばこんなふうに、登場人物の述懐という形で示されます。
“「意識高い系キラキラメガベンチャー」とはつまり、同じような育ち、同じような学歴、そして「たくさん働いてたくさん稼いで圧倒的に成長したい」という同じような価値観を共有する、同質性の高い人たちの集合体に過ぎないのかもしれない。構造としては、完全にヤンキーごっこだ。”
さまざまな若者が登場する中で印象的なのが、物語を通して、そういった「同質性」の高い人々とは一線を画す存在でありつづける沼田くん。彼は賢すぎて自分の可能性を知りすぎてしまったのか、「まだ人生に本気になってるんですか?」と、諦念(あるいは周囲への軽蔑)に満ちた言動に終始します。それでいて、与えられたタスクを見事にやってのけたりする。まさに「何を考えているのかわからない」沼田くんのような心のありように触れることで、見えてくるものは一体何なのか。
沼田くんも含めて、本作に登場する「Z世代」の心のありようは、あるいはどの時代の若者が感じていたことと、本質的には変わりがないのかもしれません。それでも間違いなく本作には、令和という時代の空気が濃厚に刻まれています。
2『チワワ・シンドローム』 大前粟生 著
チワワは「生きづらい」と感じる人たちの「弱さ」の象徴
「とかくに人の世は住みにくい」と記したのは夏目漱石ですが、それから120年近く経った令和の世にあっても、住みにくい、生きづらい、と感じる人は多いようです。さらにSNSの普及によって人々の「生きづらさ」は可視化され、広く拡散されるようになっています。リアルの人間関係のみならず、ネットを介した匿名の、むき出しの感情のぶつかりあいが避けられない今、人の心は常に、傷つくリスクにさらされています。
大前粟生さんの『チワワ・シンドローム』は、「生きづらい」と感じる若者たちの「弱さ」をテーマにした、オリジナリティあふれる長編小説です。
2024.07.02(火)
文=「本の話」編集部