その言葉には、正規雇用に就けずギグワークをしている人たちへの明らかな揶揄が含まれています。

 はじめて聞いた時、とてもいやな感じがしたのと同時に、この世界の残酷さをはからずも言い当てているような気がしました。僕が新作『K+ICO』を書いた理由は、その感覚と共通しているのかもしれません」(文春オンライン・上田岳弘さんインタビューより)

 上田さんはまず、Kの内面を精緻に描きます。Kは毎日カフカの『城』をオーディオブックで聴きながら、シティバイクを駆り、注文の品を依頼主に届けます。

“Kは孤独である。
 と同時に孤独ではない。
 なぜならーー”

 なぜならKには、『城』を繰り返し聴くうちに彼の頭の中に出来上がった「城」と、そこに住まう「姫」がいるから。

 そしてその「姫」を「城」から救い出す、という「使命」のために、日々シティバイクで身体を鍛え、金を稼いでいるのです。

 なかなか理解するのが難しい「使命」ではありますが、少なくともKの精神性に、“負け組ランドセル”という揶揄や蔑みの入り込む余地はありません。その一つ一つの行動を支える「信念』には、ある種の気高さすら感じられます。

「ウーバーイーツ配達員のくせに!」

 一方のICOは、顔は出さないが「男性にも女性にも受ける外見を持っている」TikTokerとして、部屋に籠もって学費や生活費を十分に稼いでいる女子大学生。身バレを恐れ、そろそろ足を洗いたいと思っていて、お金はあるのでウーバーイーツをよく頼んでいます。そして、とあるきっかけで、フライドチキンセットを届けに来た1人の配達員の「視線」が忘れられなくなるのです。

“ウーバーイーツ配達員のくせに、
 ウーバーイーツ配達員のくせに、
 ウーバーイーツ配達員のくせに!”

 KとICO、交わらないはずの2人の人生が交錯し、物語はあらぬ方向へと転がりだしていきます。

 窪美澄さん「うんざりするような世界でも、私は誰かと繋がっていたい。そんな欲望を肯定してくれたこの小説は、限りなくせつなく、そしてやさしい」

 金原ひとみさん「上田岳弘は、こんなにも抽象の世界から、具体の力を行使する」

2024.07.02(火)
文=「本の話」編集部