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親子だからなんでも理解し合えるわけじゃない

 ドロシアがこんな突飛な行動に出たのは、自分にはもう息子のことがよくわからなくなったと気づいたからだ。親子といえども、性別も世代も異なる自分たちの間には、徐々に共通点がなくなってきた。だから、自分よりも息子を理解しやすい人たちに彼を託したのだ。当然、アビーたちは困惑し、ジェイミーも反発する。それでも、家族とは違う距離感の女性たちと人生について語り合ううち、少年は少しずつ何かを学んでいく。

 親子だからなんでも理解し合えるわけじゃない。むしろわかり合えないのだと了解したほうが、新たな関係を築ける可能性がある。どうして私たちはこんなにも違うのか、と絶望し関係を手放すのではなく、相手は自分とは違う人間だと受け入れることで、自分たちの関係性をもう一度見つめ直す。一度距離を置いたり、誰か他人を間に挟んでもいい。『違国日記』と『20センチュリー・ウーマン』というふたつの映画は、そんな「わかり合えなさ」を超えた新たな関係の探し方を、私たちに見せてくれる。

 もうひとつ、わかりあえない大人と子供の関係を描いた映画を紹介したい。ホウ・シャオシェンがプロデュースを務め、シャオ・ヤーチュアンが監督した台湾映画『オールド・フォックス 11歳の選択』。1980年代末期の台北郊外で、父タイライ(リウ・グァンティン)と、11歳の息子リャオジエ(バイ・ルンイン)は、亡き母の夢だった理髪店を開くのを夢見て、慎ましい生活を続けてきた。だが、突然のバブル景気で不動産価格が高騰、理髪店を開く夢は遠のいてしまう。失望したリャオジエは、ある日、「オールド・フォックス(腹黒いキツネ)」と呼ばれる狡猾な地主シャ(アキオ・チェン)と知り合い、彼の考えに影響を受けるようになる。

 「夢を叶えたいなら非情になれ」とシャに教えられた少年は、自分よりも他人のことを優先する父の生き方は間違いだと感じ、父は息子にそんなふうに生きてほしくないと望む。それは、80年代末期に台湾社会に到来した新しい価値観と、それまでの伝統的な考えとの対立でもあるはずだ。

 大好きだった父とわかり合えなくなった少年は、どんなふうに人生の選択を行うのか。父は自分とは別の視点を手に入れた息子に、何を伝えられるのか。カメラは、彼らに訪れる未来をただじっと見つめつづける。

映画『違国日記』

6月7日(金)全国ロードショー
https://ikoku-movie.com/


映画『オールド・フォックス 11歳の選択』

6月14日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
https://oldfox11.com/

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Column

映画とわたしの「生き方」

日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、毎月公開される新作映画を通じて、さまざまに変化していく、わたしたちの「生き方」を見つめていきます。

2024.05.31(金)
文=月永理絵