自宅が近いからと、こうして毎朝女学校への道のりを二人で歩くのもその一環で、雪乃とお喋りしているうちに、奈緒はすっかりこの周辺に詳しくなることができた。

「ううん、わたしも奈緒さんのようなしっかりした方とお友達になれて嬉しいの。それに本当のことを言うと、奈緒さんと一緒でわたしのほうが心強いのよ。なにしろこのあたりは静かすぎて、今まで怖い思いをしていたんだもの」

 雪乃の言うとおり、今歩いているところはほとんど人通りがなく、しんと静まり返っている。通学路とはいえ、若い娘が一人で行き来するのは物騒でもあるだろう。

 なにしろ、道の片側はのどかな田畑だが、もう片側には、鬱蒼とした森が延々と続いているのだ。

 その深い森は人の手がほぼ入っていないようで、林立した木々はどれも枝が野放図に伸び、そこからもっさりと葉が生い茂っていた。それらが上から降り注ぐ陽射しを遮り、内部に薄い闇をもたらしている。

 暗く、静けさに満ち、何もかもを呑み込んでなお沈黙を保つような、神秘と恐ろしさをたたえた場所のように思えた。

 ──このあたりの人々は、ここを「あやしの森」と呼ぶらしい。

「ずっと昔からある森なのですって。近頃はどんどん山林が切り開かれているけれど、ここはまったく変わらないのだそうよ。不気味な噂がいくつもあるから、祟りを怖れて誰も手が出せないという話を聞いたわ」

「……不気味な噂、というと」

 奈緒が怯えていると思ったのか、雪乃はやや慌てたように「噂といっても、言い伝えやおとぎ話のようなものよ」という前置きをした。

「恐ろしい魔物が棲みついていて森に入った者を食べてしまうとか、迂闊に迷い込むともう出てこられないとか、実は森の奥深くに大きなお屋敷があって、そこに辿り着けた者はいないとか─ふふ、こうして並べると荒唐無稽すぎて可笑しいわね」

 一つずつ数え上げるように指を折って語る雪乃の表情を見るに、彼女が本当にそれらをただの「言い伝えやおとぎ話」の類としか考えていないのは明白だった。

2024.05.18(土)