元号が明治になってから、三十年以上が経つ。

 この間、文明開化の波とともに、時代はめまぐるしく変化した。政治、経済、社会、文化のあらゆる面において西洋化と近代化の洗礼を受け、人々は否応なくこれまでの価値観や生活を新しいものに馴染ませざるを得なくなった。

 それに伴い女子教育の必要性も見直され、各地に女学校が設立された。裕福な家庭の子女は、そこで高等教育を受けられる。「女に学問など要らない」と言われていた頃に比べれば、大きな変革だ。

 とはいえ、国を閉じていた時よりも飛躍的に女性の地位が向上し、立場も強くなったかといえば、それはまた別の話である。

「……そういう意味では、横浜も東京もそう変わりないわ」

 ぼそりと呟いた言葉は幸い雪乃には聞こえなかったようで、「え、何か言った?」と訊ねられた。

「いえ、なんでもないの。さ、帰りましょうか」

 その日の授業を終え、女学生たちが晴れ晴れとした顔つきで学び舎から出ていく。風呂敷包みを抱える彼女らの足取りは軽い。みな同じ袴姿だが、髪型がそれぞれ違うのがほんのわずかな自己主張ということだろう。

 ちなみに雪乃は長い髪を上から一つに編んで白いリボンをあしらい、奈緒は三つ編みをくるりと輪にして後頭部で纏め、いわゆる「英吉利結び」という形にしている。

 奈緒が雪乃とともに外に出ると、同じく帰る途中の下級生から声をかけられた。

「おねえさまがた、さようなら」

「え? あ、はい、さようなら」

 目を瞬いてから挨拶を返すと、少女はぱっと顔に喜色を浮かべた。そばにいた友人らしき女の子と視線を交わし、頬を赤らめながら笑い合って去っていく。

 そういえばこれは横浜とは違うわ、と奈緒は考えを改めた。

「東京の女学校では、上級生を『おねえさま』と呼ぶのねえ」

 少し背中がムズムズするが、それがこちらの流儀だというのなら受け入れねばなるまい。困惑と感心を混ぜ込んだ表情で奈緒がそう言うと、雪乃が噴き出した。

2024.05.18(土)