山本 おっしゃることも分かります……が、この物語の中心はやっぱり二人なんですよね。果遠と結珠はいい人でずるい上に、2人だけに光が当たる。関係性の変化を読み込むと、他の候補作にはない恋愛関係が見えてくるように思います。
『今日の花を摘む』田中兆子
――一見地味な愉里子(ゆりこ)は、50代独身で、出版社の製作部に在籍しています。彼女が「花摘み」と呼ぶ、社内の誰にも打ち明けたことのない楽しみとは、男性との肉体を伴ったかりそめの恋のこと。ある日、趣味である茶道のイベントで出会った、70歳の粋人・万江島(まえじま)に惹かれる愉里子は「花摘み」について打ち明けます。しかし、彼には秘密があって……。
加藤 初回から選考会に参加して、「ついに来た、大人の恋愛小説」と思える一冊に出会いました。愉里子の置かれる状況に、現実で明日起こってもおかしくないリアリティを感じたんです。この世代の女性がどはまりしているお茶やお着物といった趣味も、離婚など私生活のことも、「あるかもしれない、あるかもしれない」と思いながら楽しく読みました。同期がどんどん出世していったり、後輩がメキメキと力を付けてきたり、あるいはセクハラ問題に対応をすることになったり……中間管理職として働く人みんなが、どこかしらに共感する箇所があると思います。
高頭 サブキャラの方がよっぽどヒロインっぽいのも、面白いですよね。苦労して勝ち組主婦になった美人の留都(るつ)や、万江島のゴージャスな愛人はインパクトがあります。そういった強い個性を放つ人物ではなく、普通の会社員だけど、実は人に言いづらい趣味を楽しんでいる愉里子こそが、この物語の主人公なんですよね。
私がいいなと思ったのが、友情の描き方です。会社の同期とは信頼し合っているけれど、割と重要なこと――愉里子にとっては「花摘み」ですね――でも全部は話さない。何らかの事情を抱えていても言わなかったり、長く音信不通状態にあったりしても、ある時ふと今の状況を互いに打ち明けあえる。私たちの世代の友情あるあるだと思います。
2024.03.28(木)