この記事の連載
- 「美術館の春まつり」
- 「ラー・エ・ミクニ」
小雨そぼ降る桜の吉野山を畳に座って鑑賞
同じ4階の第2室は春を感じさせる作品がいくつも展示され、“春の部屋”へとしつらえられています。その中には春を象徴する桜の作品も。そのうちのひとつが、川合玉堂と同時代の日本画家、菊池芳文の《小雨ふる吉野》。菊池芳文は桜の名手とうたわれた京都四条派の画家で、この作品では奈良・吉野山の満開の桜に雨が降り注ぐ様子が静謐な筆致で描かれています。
ユニークなのは、絵の前の床に浮かんでいるような畳。建築家・清家清が設計した「移動式畳」の複製で、春まつりに合わせ、この展示室に運ばれました。
「美しい日本画を眺めるのにぴったりのしつらえで、思わず正座をしちゃいそう(笑)。いつまでも座って絵と対面していたくなります」(一色さん)
春を待ちわびる桜の裸木の不思議な奥行き
《小雨ふる吉野》と相対する位置にあったのは、モノトーンで描かれた裸木の桜。日高理恵子の《樹を見上げてⅦ》です。
日高理恵子は、30年以上にわたり樹をモチーフとして描き続けてきたアーティスト。樹を見上げる時に感じる、「なにか不安定な、そして不思議な空間」に惹かれた作者は、やがて「自分のまわりの空間、自分を包み込んでいる空間そのもの」の表現を求めて、大画面作品の制作を始めたといいます。日本画の画材である岩絵具で描かれた大作は、モノクロームながら複雑な色調を感じさせます。
「東京郊外の神社の境内で山桜などをドローイングし、5年近くかけて完成させたそうです。花こそ描かれていませんが、春を待つ桜の姿として、今回の展示にセレクトしました」(成相さん)
「桜の樹ってこんなに枝が密だったかしら、と思うほど緻密に描かれた枝の重なりの向こうに、何か別の空間が存在しているような不思議な奥行きを感じますね。大きな樹を下から見上げているようなリアルな感覚が生まれます」(一色さん)
窓いっぱいに春の自然が広がる休憩室「眺めのよい部屋」
ここで一色さんは同じ4階にある「眺めのよい部屋」へ。全面ガラス張りの大きな窓に皇居の緑が広がるこの部屋は、丸の内のビル群まで見渡せる抜群の眺望が魅力の休憩室です。デザイナーでありアーティストでもあったハリー・ベルトイアが1952年に発表したワイヤーチェアが並んでいます。
「目の前がパッとひらけていて気持ちがいい。ここから見る春の眺めは最高ですね。作品鑑賞って思っているより体力が要りますし、館内を歩いているだけでけっこうな距離になることもありますので、こういう休憩室があるのは本当にうれしいです」(一色さん)
2024.03.16(土)
文=張替裕子(Giraffe)
写真=杉山秀樹