ことあるごとに「数字」を数えてしまい、そこに秩序を見出そうとする。彼にとって、世界は気を抜いていられる場所ではないのです。
そんなふたりが、それぞれの「偏り」を活かす場を与えられ、それによって事件を解決に導く――それが本シリーズの魅力のひとつです。また、人気シリーズ「エリカ&パトリック事件簿」(集英社文庫、『氷姫』『魔女』ほか)がそうであるように、ロマンス要素もレックバリ作品の読みどころで、本シリーズでのミーナとヴィンセントのくっつきそうでくっつかない関係は、ともすれば陰惨になりかねない卑劣な犯罪の物語に明るい要素をつけ加えてくれます。
前作『魔術師の匣』について、書評家の北上次郎氏は「刑事たちの私生活が必要以上の分量で描かれる」ので「普通に考えれば、構成に難がある」としつつも、「小説は断じてストーリーではないと思うのはこんなときだ。(略)小説は無駄と寄り道があるから面白いのだ。そのことを久々に教えてくれる小説であった。ようするに、特捜班の連中が愛しいのだ。これに尽きる」と高く評価しています(小説推理二〇二二年十一月号)。
こうした美点は本書にも受け継がれています。作中時間で二年が経過し、いずれもキャラの立った特捜班の面々は、それぞれに私生活の変化を迎えています。有能な班長ユーリアは産休明けで、つい自身の幼子と誘拐された子供たちを重ねてしまうほか、大事件の捜査を指揮する
かたわらワンオペで育児をすることに疲弊して、夫への不満を募らせています。一方、前作では三つ子が生まれたばかりで寝不足で半死半生だったペーデルは、すっかり親バカとなって、誰かれ構わず、歌番組にあわせて歌って踊る三つ子の動画を無理やり見せようとします。鬼刑事クリステルは前作でひきとった犬のボッセを捜査会議にまで連れてくるありさま。悪名高い好色漢ルーベンはカウンセリングにかかっています。
彼らの生活の進展とともに、それぞれが何か「秘密」を抱えていたことも本書で明かされてゆきます。ルーベンは幸福そうな母娘にこっそり接近しようとしており、クリステルもあるレストランの給仕長と何か因縁があるらしいことが描かれます。しかし、最大の「秘密」は前作でも登場していたミーナの娘ナタリーをめぐるものでしょう。前作では、ナタリーがミーナの顔も素性も知らないということが示されていましたが、本作で、なぜミーナがナタリーのもとを離れなければならなかったのか、父親は誰か、といった事情が語られます。さらにはミーナの母親も登場、孫であるナタリーを自己啓発団体を自称するカルト村に誘います。本書の原題 前作『魔術師の匣』について、書評家の北上次郎氏は「刑事たちの私生活が必要以上の分量がKult(英題はCult)なのは、連続誘拐殺人の捜査と並行して、ミーナの母と娘をまきこむカルト村の謎がもうひとつの大きなストーリーとなっているためです。
2024.03.08(金)
文=文春文庫編集部