万城目 2007年に森見さんも『夜は短し歩けよ乙女』(KADOKAWA)で初ノミネートされているんです。そんな因縁で、森見さんとは直木賞について「自分たちはカテゴリーエラーなんだろう」とよく話していました。「険しき直木賞マウンテン」と、山にたとえて、みんなが登っていく正規の登攀ルートがあるにもかかわらず、自分たちはわざわざ未踏破の「面白ルート」にトライしては毎回滑落しているんじゃないか、って。

――すでに独自の作品世界と読者を獲得されているけれど、やはり賞って意識しますか。

万城目 直木賞に受け入れてもらえるように作風を変える、といった発想は全然なかったんですけれど、でもノミネートされて無視できるかと言うと、それはできないわけですよ。で、「どうせあかんやろ」と言っていじけるんです。だから、作風には影響を及ぼさなかったけれど、メンタルの面でとらわれていたかもしれません。

 昨日、会見の後、編集者さんたちが集まってくれて一言ずつお祝いの言葉をくれたんですけれど、ことごとく「ノミネートされてから、どうせあかんわ、とネガティブなことばかり言っていた」という入り方で、僕は自分が思っていた以上にいじけていたみたいです。「今回でそれがなくなるので本当によかった」ってみんなに言われました。

 

生者と死者が交差する物語

――『八月の御所グラウンド』は表題作と「十二月の都大路上下ル」の2作が収録されています。どちらも日常に非日常が紛れ込み、生者と死者とが交錯する話ですが、同じコンセプトの中編をすでに書き上げているそうですね。

万城目 最初に構想したのは「六月のぶりぶりぎっちょう」という作品で、歴史教師がホテルに泊まったら殺人事件が起き、その謎を解きがてら「本能寺の変」の秘密に迫るというミステリーのようなコメディのような中編でした。

 それが「生者と死者がすれ違う」という話だったので、このコンセプトを中心にすえて、あと2本書いて、一冊の本にまとめようというのが初期構想です。「六月~」は生者の真横に死者がいるというイメージ。ならば、「十二月の都大路上下ル」は死者が自分たちよりちょっと後ろにいるイメージ、「八月の御所グラウンド」はちょっと前にいるイメージで、3パターンを考えていこうと。

2024.02.06(火)
文=瀧井朝世