全篇に登場するのが、狂言回しの役割も担っている佐保である(『文福茶釜』のファンには、お馴染みのキャラクターだろう)。本書は六篇全てが独立した構成だが、文字の茂みの中から佐保の名前を見つけると、敵地で身内に出会ったような安堵を覚える。
だが、佐保は決して正義の味方などではない。計算高く、隙あらば相手にばれないようにごっそり儲けを持って行こうと常に画策している男で、油断も隙もない。
ただ、被害に遭った素人には、代わって知恵を出して取り返してやろうとする頼もしさも持ち合わせている。
「分かった。ろくでもない腐れや。絢也に仕掛けよ」
ひとり、うなずいた。「――おれに考えがある。協力してくれ」
「考えって……」
「金を毟るんや。絢也から」(「上代裂」より)
ワルには違いないが、独特の哲学を持ち併せており、それがまた彼の魅力を倍増させている。
上司の菊池とのかけ合い漫才調の会話、洛鷹美術館・河嶋館長の安定ぶり(彼のことをもっと詳しく知りたい読者は『離れ折紙』をどうぞ)、書画コレクターの資産家・皆木の鷹揚(おうよう)ぶりも、それぞれに面白く、いつかまた新作で会いたいと思う。
私の生きている「現代」美術の世界と違い、古美術の世界では作者はとうに亡くなっている。著作権者が存在しないがゆえ、美術品に纏(まと)わり付いて欲望を剝き出しに金儲けを企む亡者たちが織りなすストーリーは、エグみたっぷりで、過激なほどのリアリティに溢(あふ)れている。
しかし一方で、黒川美術ミステリーには、「誰も殺されない」という点で救いがあり、人間の愚かさも滑稽さも、遠慮なく笑い飛ばしながら楽しむことができる安心感がある。それはやはり、黒川氏の冴えわたる人間洞察があればこそ、なし得る技なのだろう。
美術業界に身を置く者の実感としては、美術品はただそこに存在するだけで、美術品自体には何の罪もない。だが美術品をめぐる人間の業は、闇よりも深い。その救いようのない暗部を見つめることでしか見えてこない風景を、読者には本作を通じてぜひ感じて欲しいと思う。
騙る(文春文庫 く 9-15)
定価 803円(税込)
文藝春秋
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2024.01.01(月)
文=山村 祥(SYOサロン代表、画家)