六篇の中で、タイトルである『騙る』を最も感じた作品だった。狸と狐が騙し騙されの化かし合いが展開されるのだが、誰が狸で誰が狐なのか、最後までなかなか読めない。しまいには最新のIT技術までもが登場して、とんでもない手口と真相が判明する。短篇集の最後を飾るにふさわしい逸品だ。
六篇にはどれも、古美術、書画、骨董、ヴィンテージなどに関しての、おそらく専門家さえ唸(うな)るほどの知識や用語がふんだんに書き込まれている。しかしそれらの専門用語は一見軽い語調の中にあまりにも自然に配置されているため、意味を汲(く)み忘れて先へ先へと読み進んでしまいそうになる。だが、それでもよいのだ。小難しい用語はひとまず置いて、登場人物たちが欲にまみれ、浅はかな行動に走るのを、鼻で笑いながら「ちょっと高い位置」から楽しめるように書かれているのだから。
そしてこの文体に馴染んで古美術の世界に少し慣れてきた頃に、「もっと詳しく知りたい」という“知の欲求”が、いつのまにか自然に湧いてきていることに気づくだろう。本作は、一般的にはわかりづらいとされている美術骨董の、極めて良質な入門ガイドブックとしての役割も大いに果たしているのだ。
これらすべてを作品内で同時に成立させてしまうのが黒川氏の凄いところで、一見それとわからないように、極めてアクロバティックな小説技術が駆使されている。まさにプロの技である。
また、美術骨董業界関係者にとっては詐欺の手口の手引書でもあり(ただし、もちろん犯罪であることは強調しておきたい)、一般ユーザーに対しては業界の実態の暴露にもなっているのである。
「黒川さん、こんなに書いちゃって大丈夫ですか……?」
氏の身の危険を案じてしまうほどの豪快な暴きっぷりだが、一体どんな情報源(ソース)からここまで奥深い世界を描く情報を得ていらっしゃるのか。業界から危険人物と見做(みな)されて出入り禁止のお触れが出回ったりしていないのか。そんな余計な心配までしてしまう。その極上のノウハウ、いつかこっそり教えてくださいませ。
2024.01.01(月)
文=山村 祥(SYOサロン代表、画家)